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建設中止となった今出ダム計画で示された建設予定地。水の確保に向けた新たな知恵や手法が求められる(県土木部の資料から)
ふくしま発 水のあした
第2部 共生の知恵【3】
2010年4月10日付
今出ダム計画

建設中止、住民に影響 良質な水の確保が急務
 石川町東部の中田地区。阿武隈川水系の今出川上流域で、3年ほど前まではダムの建設予定地だった。ダムの名前は「今出ダム」。利水、治水の多目的ダムとして1983(昭和58)年に建設に向けて調査が開始されたが、人口減少や水需要の落ち込み、関係自治体の財政負担などを理由に、2007年5月に石川町など周辺7市町村で組織する県中地域水道用水供給企業団が利水事業からの撤退で合意、翌08年7月に県が建設中止を決めた。
 ダム計画は89年に国の補助事業に採択、96年には関係市町村が企業団を設立し生活用水などに利用するダムの水量(利水量)を1日当たり3万dで合意した。企業団の事務局を務めた石川町職員は「当時、各市町村とも総合計画で人口が右肩上がりに増える見通しを立てていた。必然的に水不足を心配した」と振り返る。
 当時は、福島空港開港やうつくしま未来博、首都機能移転など大規模な投資計画がめじろ押しで、周辺市町村は人口増加や地域活性化への期待であふれた。しかし、大口の水需要が予想された首都機能移転が停滞、企業誘致も進まず、企業団は05年に利水量を1万8800トンに見直し、最終的に撤退を決めた。
 ダム計画に建設予定地の住民は振り回された。元今出ダム水没予定者地域振興会長で、石川町中田の畜産業、関根一男さん(58)は当時、牛小屋の新設など事業拡大を予定していたが、ダム建設に伴う移転を見据え、事業拡大を中断した。しかし、ダム計画が中止となり、関根さんは結局、別の場所に土地を購入し、牛小屋を建てた。「この10年間は何だったのか。大きな損害だ」。地域の過疎化が進む中、周辺整備などを期待し、多くの地権者はダム計画に賛同したという。
 建設中止決定後、県は08年、今出川と同じ流域でダム建設予定地から4キロほど下流にある千五沢ダムの改築による洪水調節に切り替え、国も補助事業に採択した。
 県や国による治水対策は図られるが、良質な水の安定確保が急務の地域もある。石川町の町議の1人は「玉川村など水が不足している地域もある。新たな水道計画の策定などについて住民が真剣に考えなければならない」と話す。ダム建設に代わる知恵や手法が求められる。
 


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