回想の戦後70年 食編- (1)円盤餃子

 

「満腹」の創業の味を守り続ける椎野さん(左)と、妻でかつゑさんの孫の仁子さん

 こんがり焼けた餃子(ギョーザ)が大輪の花を描いたように並んだ円盤餃子は、福島市を代表するご当地グルメだ。その歴史は1953(昭和28)年、満州(中国東北部)から引き揚げた一人の女性から始まる。福島市の老舗餃子専門店「元祖円盤餃子 満腹」の創業者、故菅野かつゑさん。「福島の餃子は引き揚げ者の歴史。まさに餃子一つでのし上がった人で、とにかく餃子作りには人一倍厳しかった」。かつゑさんの孫仁子さん(51)の夫で3代目主人の椎野幸嗣さん(60)は、亡き創業者の人柄を語る。

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 終戦から8年。NHKが東京でテレビの本放送を始め、米国で行われたミスユニバース大会では伊東絹子が日本人初の3位入賞を果たして「八頭身美人」が流行語になるなど、復興ムードは広がりつつあったが、県内はまだ混乱の中にあった。

 かつゑさんは満州鉄道の技師だった夫の故政美さんと満州で暮らしていたが、敗戦で引き揚げ者となった。仕事もなく貧しさの中で体を壊した政美さんと息子を養うため、かつゑさんは同年、福島市の稲荷神社の近くで女手一つ、もらい物のリヤカーとしちりん、自前のフライパンで餃子を焼く屋台の居酒屋を始めた。

 椎野さんによると、かつゑさんは満州時代に現地の使用人たちから餃子の作り方を学んでいた。満州では水餃子が主流だったが、使用人たちは残った水餃子を中華鍋にびっしりと並べて焼き、皿にひっくり返して出してきた。焦げ目のついた餃子がとてもきれいだった。かつゑさんは帰国後、フライパンでこれを再現し、近所に振る舞っていたという。

 居酒屋では当初、焼き鳥やおでんも出していたが、本場仕込みの餃子は、たちまち話題となった。白菜と豚肉、ニラ、長ネギ、少量のニンニクとショウガを使って手間ひまかけた、うまみたっぷりのあんを包んでいた。開店3カ月後には「他はいらないから餃子だけくれ」という客の声で餃子専門店になった。

 50年代の稲荷神社周辺は、引き揚げ者らが建てたバラックの小店が乱立し、やみ市の様相を色濃く残していた。バラック街は連日、仕事帰りのサラリーマンであふれ、安くてうまくてボリュームのある餃子とコップ酒は庶民の味方だった。一つのフライパンで一度にたくさん焼けることと、見た目の強烈さから、円盤餃子は飲み屋のつまみとして市内に広まった。後続の専門店も生まれて切磋琢磨(せっさたくま)し、それぞれの味を作り上げていった。

 福島市の発展とともに、満腹も屋台からカウンターだけのバラックへ、さらには現在の仲間町に店を構えるまでに変遷を遂げた。2010(平成22)年に103歳の生涯を閉じたかつゑさんは、91歳まで店に立ち続け、創業の味を守り続けた。「延ばし3年、包みが5年、団子一生、焼き一生」。椎野さんが、かつゑさんから仕込まれた"皮の哲学"だ。椎野さんは手作り餃子にこだわり続ける。「数はこなせないが、これからも手練りにこだわり、教えられたことを教えられた通りにやるだけ。伝統の味を守っていくことが創業者への恩返し」と思っている。

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 「一昔前はサラリーマンがコップ酒を引っかけて食べる物だったのに、今や円盤餃子は県外から家族連れが食べにくる人気グルメ。うちの店には親子3代、4代続けての常連もいる」と話すのは、福島市の餃子の店山女(やまめ)代表の高橋豊さん(61)。「餃子を福島の名物に」を合言葉に03年、市内の餃子専門店で「ふくしま餃子の会」を設立し、会長として餃子を通じた商店街の活性化に取り組む。震災後の12年10月には、全国各地のご当地餃子が福島市に集結した「餃子万博inふくしま」を成功させ、円盤餃子の知名度を一気に全国区に押し上げた。

 市民のソウルフードとして戦後、県都の復興とともに歩んできた円盤餃子。香ばしいにおいとパンチの効いた、熱々で肉汁たっぷりの味わいは、震災と原発事故からの本格復興を目指す市民を鼓舞し続ける。


 円盤餃子 見た目が空飛ぶ円盤に似ているとする説や、円盤状に餃子を焼き上げているからなど、名前の由来は諸説ある。ふくしま餃子の会によると、福島市の餃子専門店では早くから円盤餃子が一般的で、餃子を注文すると円盤餃子が出てきたことから、市民があえて「円盤餃子」と呼ぶようになったのは15年ほど前からという。餃子1個は平均約20グラム、1皿20~30個と数が多いため、たくさん食べられるよう肉を少なめ、野菜を多めにした、あっさり味のものが主流。ニンニクたっぷり系などもある。


 ふくしま餃子の会 2003年に福島市の餃子専門店で結成。同市の餃子の歴史の掘り起こしや無料試食会、デパートなどでの実演販売、市民を対象にした料理教室の開催などを通して、餃子を通した中心市街地の活性化に取り組み、円盤餃子を全国区のご当地グルメに押し上げた。現在の加盟店は15店舗。県内外のイベントなどでは、直径120センチの大鍋で約700個の餃子を一気に焼き上げる「大鍋餃子」を販売し、全国に円盤餃子をPRしている。