【建物語】旧甲斐家蔵住宅・喜多方市 一生の夢と技の結晶

 
喜多方を代表する蔵屋敷の旧甲斐家蔵住宅。黒漆喰で塗り重ねた重厚な店構えで知られる

 約4000棟の蔵があるとされる蔵のまち喜多方。旧甲斐家蔵住宅は大正時代に最高級の材料、技術の粋を集めた豪華な蔵だ。豪商、甲斐家の四代目吉五郎が7年をかけて1923(大正12)年に完成させた蔵住宅と庭は、当時の建築美や文化を今に残している。

とてつもない額

 幕末、現在の場所に移り住んだ甲斐家の初代吉五郎は酒造業を営み、三代目吉五郎は明治時代にどぶろく用の麹(こうじ)造りで繁盛し、製糸工場を興して、財を成した。続く四代目はみそ、しょうゆ醸造で栄え、「一生の夢」として座敷蔵や母屋を建築したという。全国を旅して名家を見て回り、細部までこだわり抜いた建物全体の費用は、約40年前の試算で約5億円相当とされた。今ならそれ以上、とてつもない金額になることが容易に想像できる。

 店蔵に入ると、喜多方観光物産協会の小荒井栄子さん(57)が迎えてくれた。まず目に入るのが、洋風の螺旋(らせん)階段。「壁にくっついていない吊(つ)り階段なんですよ」と小荒井さんが教えてくれた。確かに柱がなく、くぎも使っていない。総ケヤキ造りの階段はまさに職人技。これだけで現在の家が一軒建つぐらいの手間賃を払った、と伝わる。

 許可を得て、一般の見学では入れない建物内を案内してもらった。店蔵にある洋室は大正モダンの調度品が並び、東日本大震災前は喫茶店として利用されていた。母屋にあるケヤキの無垢(むく)板4枚のみで造られた長さ18メートルの廊下は高級感があり、最高の材質を使っていることがうかがえる。地下に続く階段を降りると大きな部屋が現れた。「ここにビリヤード台があったんですよ」と聞き、驚いた。地下でビリヤードとは何ともおしゃれ。1階に戻り母屋を進むと歴代当主の座敷があった。奥には重厚な扉の金庫もあり、その大きさから豪商だったことが一目で分かる。

 いよいよ座敷蔵に入る。総ヒノキ造りで、上段の間(21畳)、下段の間(18畳)、畳廊下(12畳)を合わせ計51畳の座敷は、ふすまや壁一面に金箔(きんぱく)の金雲模様の大唐紙が貼られ、豪華さに圧倒される。縁側は厚さ約6センチ、幅約1.2メートルのケヤキ板12枚で造られている。

 ふすま戸の縁には「紫檀(したん)」という外国材が使われている。傍らに紫檀の棒がある。「持ってみてください」。促され手に取ると、見た目以上にずっしりとしている。重さを感じてもらおうと置いてあるそうだ。戸の重さを支えるため、敷居には樫(かし)の木を埋め込み、総ヒノキ造りの座敷蔵を支えている。床回りには銘木がぜいたくに使われ、奥に大理石の浴室もある。

庭にもこだわり

 座敷蔵から外を眺めると、美しい日本庭園が広がる。名庭師と言われた松本亀吉が造ったとされ、サツキ、コウヤマキ、北山杉などが植えられている。庭を歩いて座敷蔵を見ると外壁は黒漆喰(しっくい)仕上げの美しさ、重厚さに圧倒される。

 喜多方は商人のまち。旦那衆は「四十にして蔵の一つも建てられないようでは男ではない」と、競って蔵を建てたと言われ、その代表格の一つが旧甲斐家だ。「この蔵を建てた吉五郎の思い、職人の技を感じて、当時の生活を想像してほしい」と小荒井さん。高い塀に囲まれ、外の景色が見えないここは、まさに蔵と庭園のテーマパーク。日本画のような景色を見ていると、心身ともにリフレッシュできた。実際に訪れ、蔵のまち喜多方の心意気を体感してほしい。(伊東隆裕)

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 旧甲斐家蔵住宅 敷地面積約2314平方メートル、建築面積約1322平方メートル。座敷蔵、店蔵、醤油(しょうゆ)蔵が国の登録有形文化財。喜多方市が2016年に土地と建物を取得。店蔵、座敷蔵、庭の一部のみ見学可。住所は喜多方市字1丁目4611。時間は午前9時~午後5時(最終入館午後4時30分)。入館無料。年末年始は休館。問い合わせは喜多方市観光交流課(電話0241・24・5249)へ。

旧甲斐家蔵住宅の地図

NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜にコラボ企画

 建物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。