【建物語】阿武隈川ほとりの元飲食店・玉川村 夢の舞台へ続く原点

 
木材をふんだんに使い環境との融和を考え、隈研吾さんが設計した建物。新たな交流拠点へと整備される

隈研吾さんが設計

 木がふんだんに使われた外観は色あせているが、たたずまいにはどこか風格が漂う。阿武隈川ほとりの元飲食店。設計したのは、東京五輪・パラリンピックでメインスタジアムとなった新国立競技場の設計に携わった建築家隈研吾さん(67)だ。現在使われていないが、玉川村が改修し、複合型水辺施設(仮称)として整備する計画を進めている。世界的建築家によって設計された建物は10年以上の時を経て、生まれ変わろうとしている。

 建物は国道118号の阿武隈川沿い、村の入り口といえる場所にある。1996(平成8)年に飲食店としてオープン。絶景を見ながら、そばを楽しめる店として知られた。隈さんが設計したとあって、建築を学ぶ学生が訪れることもあったという。しかし、2011年の東日本大震災後に閉店し、以後は空き店舗となっていた。

 「閉店したと聞いてから、ずっと気になっていた」。施設の整備計画を受け、今月現地を視察した隈さんは建物への思い入れの強さを口にした。

 建設する前に、初めて予定地を訪れた時だ。あまりにも川に近い立地に「すごいロケーション。本当にこんなところに建てられるのか」と思ったという。隈さんは、そんな川と陸を結び付けるような場所に建つことになる建物の全体に木の「ルーバー」をあしらう設計をした。

 ルーバーとは、細長い板を隙間を空けて並行に並べたもので、現在の隈さんの設計建築物の代名詞にもなっている。この建物はルーバーを使い始めた当初に設計したということもあり、思い出深いそうだ。

 ルーバーは新国立競技場にも多く用いられており、「(この建物の)延長線上に国立競技場もある」という。細部まで趣向を凝らした設計について「ある意味、今よりももっとこだわっていたところもあったのだと思った」と冗談めかしに振り返る隈さん。「縁側のような空間で自然と融合するという、僕のその後の発想の基礎になっている。懐かしいです」と目を細めた。日本を代表する建築家の原点の一つが、ここにある。

人々が憩う場所へ

 建物の近くには阿武隈川の「乙字ケ滝」がある。日本の滝百選に選ばれており、松尾芭蕉が「五月雨の滝降りうづむ水かさ哉」と句を詠んだことでも知られる名勝だ。

 周辺では今後、観光交流の促進に向けた村乙字ケ滝かわまちづくり計画が進められる。村がこの建物に複合型水辺施設を整備するほか、国が河川管理用道路や親水護岸を整備し、人々が憩い、交流する空間をつくり出す。

 村の商工関係者らでつくる計画推進協議会が一帯の利活用法を検討している。施設は25年度の開業を目標に、飲食店やサイクリングの休憩所、カヌーの発着場などが設けられる方針だ。

 新型コロナウイルスの影響で、あらゆることに制限を求められる日々が続いている。隈さんは建物の周辺について「(人々の)自然の気持ちいい空気を感じられる場所で癒やされたいという気持ちは強まっている。コロナの後で、こういう場所は注目される」と推測する。

 「うまく生まれ変わってほしい」。隈さんはそう繰り返した。建物の時計の針が再び動きだす時、そこにはどんな景色が広がっているのだろうか。(国井貴宏)

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 玉川村乙字ケ滝かわまちづくり計画 阿武隈川の乙字ケ滝周辺に親水拠点をつくり、交流人口の拡大を図る計画。国土交通省が河川整備を支援する「かわまちづくり」支援制度に登録され、ハード施策として河川管理用道路や堤防の坂道、親水護岸、複合型水辺施設(仮称)や広場が整備される。ソフト施策として、同省が都市・地域再生等利用区域の指定、村がイベント開催やカヌー体験なども行う。

阿武隈川ほとりの元飲食店の地図

NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜にコラボ企画

 建物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。