【建物語】天鏡閣・猪苗代町 新婚さんにご縁あり

 
大正天皇が命名した天鏡閣。モダンな雰囲気が目を引く建物は、国の重要文化財に指定されている

 猪苗代湖の長浜から坂道を上った高台に、明治ロマン漂う白亜の洋館がある。猪苗代町の国指定重要文化財「天鏡閣」は、明治後期に皇族の別邸として建てられた。建物から望める湖面が鏡のように見えたことから、大正天皇が天鏡閣と命名。昭和天皇ご夫妻が新婚旅行で1カ月滞在されるなど、多くの皇族が利用した。

 戦後になり県に払い下げられ、県は会議や講習会の場所として利用を始めた。県観光開発公社(現在の県観光物産交流協会)の職員として天鏡閣を管理していた同町の青木徳平さん(75)=現まちづくり猪苗代社長=は「看護師や美容師、学生オーケストラの合宿所にもなっていた。洋館のモダンな雰囲気が、華やかな業界の研修場所に合っていた」と懐かしむ。

別館住むことに

 しかし、建物の老朽化で1971(昭和46)年に使用中止となる。この時期、青木さんは敷地内の別館に住み始める。「新婚当時に新居を探していたら、県の担当者が『別館に住めば』と言い、別館1階に4年ほど住んでいた」。青木さんはそこで暮らし、天鏡閣の隣にあった勤務先の国民宿舎翁島荘(2009年営業終了)に通った。「部屋に畳を敷き炊事場もつくってもらえたので住み心地は良かった」

 後に国の重要文化財に指定されるのだが、その範囲は本館以外に別館と表門も含まれるため別館も貴重な建物。管理が"緩かった"のには理由がある。当時、その価値がはっきりと知られておらず、建物を取り壊すか、保存するかの議論が巻き起こった。「世論は半分ずつくらいだった」と青木さん。しばらくすると大学教授が訪れ、建物の価値について調査を始めた。「傷んでいたが、土台がしっかりしているため保存が決まった。華やかさだけではなく頑丈な建造物としても優れていた」。県は2年間かけて修復工事を行い、一般公開も始まった。85年には10万人を超える入館者数を記録。青木さんは「30年以上も天鏡閣に関われて誇りに思う。別館で暮らすこともできて幸せだった」と顔をほころばせる。

若者からも注目

 近年は映像作品のロケ地としても知られるようになった。現場には必ず立ち会うという天鏡閣館長の長沼あけみさん(54)は、NHKドラマ「夏目漱石の妻」(2016年)の撮影中、2頭立て馬車が表門から入るシーンに心を奪われた。「昭和天皇ご夫妻が新婚時代に滞在中、近くのゴルフ場に馬車で通われていた。馬車のシーンが当時の姿と重なり、目の前で再現しているみたいで感動した」

 作品の舞台は明治、大正、昭和初期になることが多いが、人気漫画の実写映画「約束のネバーランド」(20年)は初めて日本以外が舞台となる作品だった。映画のポスターにも大きく載った。この夏休み中も作品のファンが数多く訪れた。長沼さんは「ロケ地と文化財を両立させるのは大変」としながらも、若い人たちへの新たな情報発信に手応えを感じている。

 一方で心温まるこんな出会いもあったという。「ここが天鏡閣ですか」。年配夫妻が一枚の写真を手にしながら訪ねてきた。数十年前の新婚旅行で猪苗代町を訪れ、天鏡閣の正面玄関前で写真を撮っていたらしい。「夫妻は同じ角度で写真を撮って帰られた。そういう方々の人生と一緒に、この建物はあるのだと改めて思った」

 何十年たっても同じ場所に存在している。そんな安心感が、名建築をめぐる楽しさになっているのかもしれない。(伊藤雅将)

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 天鏡閣 八角形の塔が付いた木造2階建てで、ルネサンス調の洋風建築。有栖川宮威仁(ありすがわのみやたけひと)親王が1908(明治41)年に別邸として建てた。79年、国の重要文化財に指定。入館料は一般370円、高校生210円、小、中学生100円。開館時間は5~10月が午前8時30分~午後5時、11~4月が午前9時~午後4時30分。住所は猪苗代町翁沢字御殿山1048。問い合わせは同施設(電話0242・65・2811)へ。

天鏡閣の地図

NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜にコラボ企画

 建物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。