【建物語】岩瀬牧場・鏡石町 伝統の地に新しい朝

 
国内初の西洋式牧場として開設された岩瀬牧場の旧伍号牛舎。左は日本最古のコンクリートサイロ

 ただ一面に立ちこめた 牧場の朝の霧の海―。この一節で始まる唱歌「牧場(まきば)の朝」の発祥の地とされるのが鏡石町の岩瀬牧場だ。西洋式牧場として国内有数の歴史を持ち、今も残る明治時代の牧舎や設備などから、酪農の歩みを身近に感じることができる。

明治天皇の一声

 牧場の歴史は明治初期にさかのぼる。1876(明治9)年に明治天皇が東北巡幸で現在の鏡石町周辺に立ち寄った際、周辺の原野を開墾するよう側近に伝えたのが設立のきっかけとされる。宮内省直営の開墾地所として開拓が進められ、80年に現在の牧場一帯を「宮内省御開墾所」として整備した。

 牧場周辺にも、輸送のための設備が設けられた。名称を「岩瀬牧場」に改めた明治末期には、牧場を運営していた日本畜産が敷地を提供、駅舎の建設費用を全額負担して鏡石駅を設置した。牧場と鏡石駅の間にはトロッコ用の直通線路が敷かれ、牛乳や荷物を運んでいたという。牧場では宮内省に献納する乳製品も製造されるなど、国内の酪農産業をリードする施設だった。

 敷地南側には、明治時代に建てられた「旧伍号牛舎」と国内最古とされるコンクリート製のサイロが現存している。旧伍号牛舎は東棟と西棟に分かれ、西棟では最大80頭以上が入るスペースで現在も乳牛を飼育している。東棟には西棟から運んだ乳を加工するためのかまどなどが残り、当時をしのばせる。

 かつて牧場の事務所として使われていた敷地内の岩瀬牧場歴史資料館では、約140年間にわたる歴史に触れることができる。日本で初めてホルスタイン種の乳牛をオランダから輸入した記念として贈られた鐘や、「牧場の朝」の作詞を手掛けたとされ、牧場で加工する「楚人冠(そじんかん)ヨーグルト」の由来にもなった新聞記者杉村楚人冠に関する文書など貴重な資料が並ぶ。牧場を運営するイワセファーム営業部長の武田宜之さん(38)は「ここはほかにない歴史を持つ場所。伝統を大切に、牧場を守っていきたい」と語る。

農福連携の試み

 一方、近年は草花や動物との触れ合いを楽しめる「観光牧場」としても親しまれている。かつてのように多くの乳牛はいないが、シャクヤクで有名なフラワーガーデンなどが来場者を楽しませている。

 牧場の環境を利用した新たな試みも始まった。昨年から敷地内の畑を活用し、夏季限定で東北最大規模のトウモロコシの巨大迷路をオープン。コロナ禍でも密を避けて楽しめると評判になり、本年度は約2カ月の期間中に1万人を超す利用客があった。「岩瀬牧場が盛り上がると地域の活気にもつながる。時代に合ったものを提供して誘客を図りたい」と武田さん。これからも地域活性化につながるような新たな企画を考えていくつもりだ。

 旧伍号牛舎では、障害者が酪農に携わる「農福連携」事業所の整備も進む。動物向け健康事業などを展開するハンドレッド(郡山市)が牛舎を借りて内装を改修、12月ごろの開業を目指してブラウンスイス種の乳牛を試験的に飼育している。「歴史ある牧場で、これからの社会に求められるものを発信したい」と同社の栢本(かやもと)直行代表(43)は意気込む。100年以上の歴史を誇る牧場は今、時代に対応した"新しい朝"を迎えようとしている。(秋山敬祐)

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 岩瀬牧場 1880(明治13)年に開設された西洋式牧場。文部省唱歌「牧場の朝」発祥の地として知られるほか、福島民友新聞社の「福島遺産 百選」に選ばれている。ミニチュアホースやウサギなどと触れ合えるほか、自家製ヨーグルトなどを販売。開場は午前9時~午後4時。中学生以上500円、小学生以下300円(3歳児未満無料)。住所は鏡石町桜町225。問い合わせは同施設(電話0248・62・6789)へ。

岩瀬牧場の地図

NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜にコラボ企画

 建物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。