【8月15日付編集日記】終戦の日

 

 戦後まもない1946年1月から数カ月間だったが、毎週水曜日に現在のベトナム・ホーチミン市で句会「水曜会」が催されていた。編まれた句集のタイトルは「南果」。「南の果実」の意味でドリアンを指した

 ▼句会を開いていたのは、同市で終戦を迎えて武装解除後、ベトナム各地の警備に当たっていた旧日本軍の兵士たちだ。俳句を詠んだことのない人たちも多かっただろうが、毎週5句ずつ持ち寄っていたという

 ▼句会に参加していた会津若松市出身者が、なんとか句集を持ち帰った。「戦友の碑に椰子の実供え去りし夜半」(図説 戦時下の福島・県立博物館)。句集の中の一句だ。戦友の死、望郷の念など心の声を絞り出した句が並ぶ

 ▼戦争体験を語ることのできる人は年々少なくなっている。会津若松市遺族会は会員の高齢化などから毎年8月15日に実施してきた、第2次世界大戦までの戦没者を祭る小田山忠霊堂での平和祈願祭を行わないことにした

 ▼極限の状況で命と向き合った人たち、最愛の人を失った家族らの思いの上に74年の時が重なり今がある。きょうは「終戦の日」。多くの命が失われた戦争を足を止めて思い返し、記憶を未来へとつないでいく一日としたい。