日大東北、勇退の宗像監督に「恩返し」 夢舞台で有終へ

 
むなかた・ただのり 日大東北高、日大卒。ヨークベニマル野球部で投手として活躍。1988年に日大東北高監督に就任。2007年に監督を退任したが、18年に再度就任した。

 いわき市のいわきグリーンスタジアムで25日行われた第103回全国高校野球選手権福島大会の決勝を制し、18年ぶりの甲子園出場を決めた日大東北。宗像忠典監督(59)は試合後、今夏限りでの勇退を表明した。大会直前に引退を知らされたナインは最高の形で恩返しを果たした。

 1990(平成2)年に母校の日大東北を監督として初めて福島大会の優勝に導くなど、計6回の夏の甲子園出場を経験している。

 コーチ陣の指導力の高まりを受け、「新しい日大東北をつくってくれるはず」と4月に身を引くことを決断。組み合わせ抽選会が開かれた6月21日のミーティングで勇退を告げた。

 緊迫した試合展開となった決勝の舞台。選手は宗像監督から教わった「最後まで諦めない我慢強さ」を体現し、粘りの野球でサヨナラ勝ちを収めた。松川侑矢主将(3年)は「誰よりも怒られたけど、ずっと信じて付いてきた。甲子園出場を決め、監督にうれし涙を流してもらいたかった」とナインの思いを代弁。名将と共に夢舞台で有終の美を飾る決意も語った。

 スタンドには、日大東北の野球部OBで保護者会長の星聡さん(46)の姿もあった。背番号10を付けてベンチ入りした息子の星拳翔選手(3年)と共に親子2代で指導を受け、「宗像監督は熱血で野球をよく知っている。息子を預けて本当によかった」と目を赤くした。

 宗像監督「選手の一生の宝物になるよう」

 日大東北の宗像忠典監督(59)に勝因などを聞いた。

 ―最後までどちらに転ぶか分からない接戦だった。
 「大塚がサヨナラ打を打った瞬間は中飛かと思ったが、風が吹いて抜けてくれた。秋に比べ、打線がつながるようになり、攻撃の作戦を練りやすかった」

 ―15年前にも決勝で光南と当たり、その年は甲子園を逃した。
 「あのときは、当時のエースを温存したことが敗因だった。それがずっと悔いに残っていたので、今日はエース吉田でいくと決めていた」

 ―甲子園の抱負を。
 「彼らの一生の宝物になるよう、経験したことのない時間を味わいたい」

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