3校、現校名で挑む最後の夏 高校野球福島大会7月9日開幕

 
(写真上)他の部活動から助っ人を集め、単独出場を実現させた仲田主将(中央)。一試合でも多く田島のユニホームを着てプレーするため一戦必勝を誓う(写真中)地域への感謝を胸に最後の戦いに挑む保原の部員たち(写真下)多くの人の期待を励みに最終調整に汗を流す二本松工の部員たち

 9日に開幕する第104回全国高校野球選手権福島大会に出場する田島、保原、二本松工の3校は、現在の校名で夏の大会に出場するのが今回で最後となる。学校の統合で来年度からそれぞれ南会津、伊達、二本松実業に校名が変わるためだ。部員たちは母校の名に対する特別な思いを胸に、OBなど関係者の思いも背負いながら「最後の夏」に挑む。

 田島「単独出場」助っ人も

 「(最後に)スコアボードに『田島』の名を表示させたい」。田島の仲田晃主将(3年)にはそんな強い思いがあった。

 仲田主将が1、2年の時、田島は部員不足のため他校と連合チームを組んで夏の大会に出場した。仲田主将は、会場のスコアボードに「田島」と表示されないことに悔しさを感じていたという。

 母校が迎える最後の夏に、連合チームではなく単独出場への思いが強まった。クラスの担任でもある吉田修平監督(30)と共に他の部活動のメンバーに対して勧誘活動を開始。結果、6人しかいない野球部に他の部活動から7人が助っ人として加わり、念願の「単独出場」が実現することになった。助っ人の一人、陸上部の仲川結登(ゆいと)さん(3年)は「晃と吉田先生の思いに(参加を)即決した」と振り返る。

 同校によると、同校の夏の福島大会の最高成績はベスト16。仲田主将は「集まった仲間には感謝しかない。少しでも長くプレーできるよう最後まで諦めないで戦いたい」と目を輝かせた。

 保原「一試合一試合大切に」

 同様に最後の夏を迎える保原は、1965(昭和40)年に甲子園出場を果たした伝統校だ。3日、伊達市霊山町の霊山神社を訪れ、必勝を祈願した。13人の部員をまとめる今村達也主将(3年)は「気が引き締まった。一試合一試合を大切に臨みたい」と意気込みを語った。

 東城一弘監督(64)は、最後の大会を前にチームの雰囲気が変わったのを実感している。きっかけは福島市で6月に開かれた春季東北地区高校野球大会の運営に3年生が関わったことだという。「東北の強豪チームに刺激を受けたのだと思う」。これまでの経験を糧に伝統校として県内の強敵と堂々と戦うつもりだ。

 「諦めず戦う」二本松工熱く

 一方の二本松工。渡辺優斗主将(3年)は「『松工』最後の夏。『二本松実業』となる次の時代に良いつながりをつくることができる試合をする」と意気込む。

 野球部のOBや市民からは「最後の夏だから頑張れ」とたびたび声をかけられるという。渡辺主将は「プレッシャーに感じるときもある」と本音を漏らすが、多くの人から寄せられる期待は部員にとって大きな励みになっている。

 同校によると、夏の大会の最高成績はベスト4。「気持ちで負けないプレーをする」。渡辺主将は伝統を背負い、最後まで諦めない戦いを後輩たちに引き継ぐ。