仙台育英・島貫主将「希望の宣誓」 福島市出身、センバツ開幕

 
選手宣誓をする仙台育英の島貫丞主将=19日午前、甲子園球場(代表撮影)

 「あの日見た光景から想像できないほどの希望の未来に復興が進んでいます」。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年を迎えたばかりの第93回選抜高校野球大会の開会式。高らかに選手宣誓したのは、仙台育英(宮城)の島貫丞(じょう)主将=福島市出身=だった。「思いを届けられたと思う」。被災の経験を糧に、3分に及んだ大役を果たした。

 父と祖父が野球経験者だったこともあり、湯野小の1年生の時から地元のソフトボールスポーツ少年団に入った。左投げ左打ちだったが、ボールの投げ方や打ち方は始めた頃から上手だった。

 しかし、1年生の終わりに震災が発生。福島市の自宅は無事だったが、原発事故の影響を考え、小学2年の秋から半年ほど、山形県に自主避難した。避難先でも球技の楽しさが忘れられれず、地元の軟式野球チームに入った。小学3年から福島市に戻ると、スポ少内でめきめき才能を伸ばし、高学年になると打順は上位、守備では投手を任せられた。

 2015(平成27)年、運命の出会いがあった。復興支援を目的に本県で開催された全国中学校軟式野球大会を観戦し、仙台育英の中高一貫校、秀光中の活躍を目の当たりした。さらなる上の環境を目指した島貫主将は、父の健さん(52)に地元を離れて秀光中に進学する決意を告げた。

 健さんは当時を「最初はびっくりしたが、本人が覚悟を決めてやりたいと言った。避難先でも野球を続け、自分が成し遂げたいことは何かを考えての行動だったのだろう」と振り返る。中学時代は母親と仙台市のアパートで2人暮らし、高校からは寮生活を送り、強豪校で努力した。

 選手宣誓が決まった時、健さんに連絡があった。「一生に一回のことだから頑張るよ」。迎えた開幕当日、宣言の中には「感謝」「感動」「希望」。避難した経験や練習で流した汗から導き出された言葉を盛り込みながら、震災復興への感謝の思いを語った。

 「これからの10年、私たちが新しい日本の力になれるように歩み続けます」。力強い宣誓に、甲子園球場は温かい拍手に包まれた。

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