新田、貫いた会津魂 ケイリン、集大成の五輪は準々決勝敗退

 
【男子ケイリン】準々決勝で敗退し肩を落とす新田祐大=伊豆ベロドローム

 新田祐大(日本競輪選手会、白河高卒)の挑戦が終わった。「この五輪を最後に自転車競技は僕の中では終わり」。競輪ではなく、ケイリンで頂点を目指した新田の2度目の戦いは準々決勝で幕を閉じた。

 ラスト1周のジャンが鳴り、最後尾からペダルを踏む足に力を込める。最高速度は80キロ、0.001秒差で勝負が決まる。「仕掛けのタイミングが遅く、まずいと思った」。一瞬の判断が勝負を決めた。

 2000年シドニー五輪で正式種目となったケイリンは、08年北京五輪の銅が唯一のメダル。競輪のトップ選手としてプライドを懸けて金メダルに挑んだ。「頑張れば結果が出ると言いたかった。(結果は出なかったが)やってきたことは間違いない」。レース後の新田に涙はなかった。

 高校時代には会津の親元を離れ、自転車が盛んだった白河高に進学した。3年生の時、インターハイ直前に落車事故で左手首を骨折。医師から「とても大会には出られない」と言われても、諦めず腕に負担のかからない練習を重ね、出場したインターハイで優勝した。顧問として指導した中野目啓さん(白河実高教)は「根性が据わっていた。まさに会津人だと思った」と当時を振り返る。

 五輪延期が決まる前の昨年3月、練習中の転倒で左太もも筋を断裂する大けがを負った。それでも新田は高校の時と同じように復活を遂げ、集大成と位置付けた自国開催の五輪で持てる力を出し切った。輝くメダルはなくとも、会津魂を貫いた。(坂本龍之)