【浜通り13物語】第7部・「結実」/地域のため直売所計画

 

 1年で全員の賛同得る

 「地域の生産者が農作物の値段を自分でつけて、消費者に納得して買ってもらう場をつくれないか」。いわき市でトマト栽培を営んでいた元木寛は、東京電力福島第1原発事故による風評被害を経験して一つの夢を追うようになった。2013(平成25)年には、理想の直売所を運営するための会社組織を設立した。

 農業に親しみを感じてもらうためには、直売所に農家が手塩にかけた新鮮な農作物をおいしく食べてもらうレストランをつくりたい。販売する商品の加工や収穫などの農作業体験もできる施設をつくろうとすれば、まとまった面積が必要だ。消費者と生産者が結び付く場所づくりに向けて土地を探し始めた元木に、同市四倉にある中島地区の土地区画整理の情報がもたらされる。

 中島地区は、常磐道いわき四倉インターチェンジの周辺にある。県内の他の地区と同様に農家の高齢化が進み、耕作しきれない農地も出ていた。元木は、土地区画整理の計画の中に直売所を組み入れてもらえないかとお願いに歩いた。地権者は62人。賛成してくれる人もいれば、先祖代々から引き継いできた農地を手放すことに抵抗を感じる人もいた。

 「直売所で雇用も生まれますし、何より地域の農家の皆さんの作物を売ることができる場所になります」「人の交流が生まれることで移住してくる人も出るかもしれません。地域のための事業なんです」。元木の丁寧な説明と熱意に動かされ、地権者の間で理解が広がっていった。時には地権者の自宅を訪問し、頭を下げたこともあった。説明を始めてから1年。地権者全員の賛同を得た。

 元木は、施設が完成した暁には自社のトマトや加工品だけでなく、地域の農家の産品も販売したいと考えていたため、直売所構想について早い段階から仲間に相談していた。農家は、それぞれが独立した事業主だ。元木によると、震災前は積極的に他の農家と手を組んで行動するようなことは少なかったという。しかし震災後は、危機感を持つ農家、特に地域の将来を担う若手生産者の間でネットワークができ、協力し合える機運が生まれていた。

 用地を確保するめどが立ち、元木は土地の再整備に着手する。耕作されなくなった土地もあり、造成の前に伸びに伸びた草の刈り取りが必要だった。熱意は十分にあるが、資金には限りがある。トラクターに乗り込み、夢への第一歩を自らの手で開拓することを決めた。

 ただ、元木は一人ではなかった。傍らには、元木の掲げる新たな農業の在り方に共鳴し、彼を「兄貴」と慕う一人の農家がいた。(文中敬称略)