【浜通り13物語】第9部・「継承」/復興、ともに歩む蔵目指す

 
浜通りでの酒造りの可能性について思いを語る佐藤氏

 自由な酒づくりへ独立

 「自分で酒造りがしてみたい」。埼玉県出身の佐藤太亮は、東京都内のIT会社に勤務しながら、自分の夢が心の中で膨らんでいくのを感じていた。大学時代に日本酒が好きになった。4年の時、石川県でまちづくりのインターンをした際には、現地の蔵元と交流し「発酵という営みは何て美しいんだろう」と感動した。酒の造り手となることを諦めきれず、起業することを決めた。

 日本酒造りには新規参入の規制があることから、日本酒の醸造技法を応用した新しいジャンルの酒を造ろうと考えた。どこで始めようかと情報を集めると「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」を掲げ、南相馬市小高区で地域再生に向けて必要な仕事を次々に起業していた和田智行の取り組みを知る。「めちゃくちゃかっこいいな。地域の歩みとともに酒蔵を育てていくことができれば最高だ」と感じた。

 佐藤の誕生日は3月11日。地縁はないが東日本大震災に向き合っていきたいと考えていた。よく調べると、南相馬市は「起業型地域おこし協力隊」の枠で酒造りに取り組む若者を募集していた。妻はいわき市の出身だった。「福島が自然と近づいてきた感じ。南相馬でやらない理由が見つからなかった」。佐藤は2019年4月、起業型地域おこし協力隊員となった。

 新潟県の酒蔵で修業するなどして準備を進め21年2月、同市小高区にバーを併設した酒蔵「haccoba(ハッコウバ)」をオープンした。コメと米こうじにホップを加えて醸したところ、香り高く味わい深い酒に仕上がった。6月に「はなうたホップス」として発売すると、高い評価を得た。酒造りの夢はかなったが、佐藤にはもう一つ実現したいことがあった。「浜通りが、自由な酒造りのできるエリアとして知られるようになったら面白いんじゃないか」

 そう考えていた時、浜通りの広域連携団体「HAMADOORI13(浜通りサーティーン)」が若手の起業を支援するフェニックスプロジェクトを始めたという話を聞いた。同市小高区に隣接する浪江町にビールやワイン、日本酒などの製法を組み合わせた酒造りに挑戦する新たな醸造所を造るという計画を提案し、支援事業に選ばれた。

 小高には若い移住者が増えている。浪江も若手が地域を盛り上げている。「それぞれの地域が元気になるのは大事ですが、人口は震災前よりも圧倒的に少なくなっている。市町村を超えた連帯を生み出せれば良いし、自分は酒蔵として関われればいいなと思います」。佐藤の願いを込めた酒は日本酒の可能性を広げる「クラフト酒」として、販売直後に完売する銘柄に成長した。(文中敬称略)