「水産業」未来につなぐ!本格操業への一歩 市場に掛け声響く

 
水揚げされた新鮮な「常磐もの」の競りに参加する阿部さん=昨年12月28日、いわき市・久之浜地方卸売市場

 東日本大震災の津波で被害を受けた浜通りの漁港の復旧工事は請戸(浪江町)を除いて終了し、本県沖などでとれた水産物が水揚げされる。再開した市場には競りの掛け声が響き、震災前のにぎわいを取り戻しつつある。「水産業を次の時代につなげたい」。関係者は今年の目標とする本格操業への確かな歩みを感じている。

 「常磐もの」魅力県内外に 仲買人・阿部峻久さん

 【いわき・久之浜】いわき市久之浜地区で鮮魚店「おさかなひろば『はま水』」を営む合同会社はまからの専務阿部峻久さん(38)は週4日、久之浜地方卸売市場を訪れ、競りに参加する。水揚げされた「常磐もの」を県内外に届けるため、仲買人として奮闘を続ける。

 「東日本大震災の津波や火災で、まちの魚屋がゼロになった」。大学進学を機にいわき市に住み始めた阿部さんが震災を経験したのは28歳の時だった。2019年9月の久之浜地方卸売市場の再開後、アンコウやヒラメなど常磐ものを購入でき、住民が交流できる鮮魚店をつくろうと、漁師と一緒に商業施設「浜風きらら」に店を構えた。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で売り上げが伸びず、収入源を確保するため自社製品の開発に乗り出した。昨年7月に秘伝のたれで味付けしたアナゴのかば焼きのインターネット販売を始めたところ、評判は上々で、売り上げにもつながっている。阿部さんは首都圏のバイヤーが集う商談会にも参加し、県外に常磐ものの品質の高さやおいしさを伝えている。「福島を応援したい、品質のいい常磐ものを仕入れたいという人が多い。評価してもらえることで常磐ものの魅力を再発見できる」と力を込める。

 「震災後、漁師の高齢化による後継者不足がより深刻になったと感じる」と阿部さんは話す。水産業に関心を持つ人が漁師と出会える仕掛けづくりや動画での漁師の魅力発信に取り組むつもりだ。「水産業や漁師の魅力を伝え、次世代の船乗りの育成につなげたい」

 「届ける気持ち」に連帯感 漁師・森田政利さん

 【浪江・請戸】相馬双葉漁協請戸地区のベテラン漁師、森田政利さん(62)は7日、浪江町の請戸漁港に今年初水揚げをした。豊漁とはいかなかったが、高級魚のヒラメなど数匹を市場に届けた。「魚はまだ正月休みしてるみたいだ」。そう笑って新年最初の漁を終えた。

 漁師家系の4代目で、18歳で家業を継いで40年以上。21歳の時には自ら漁船をかじ取りし、刺し網や引き網などの漁法を身に付けた。市場を通じて料亭や家庭の食卓に新鮮な海の幸を届けてきた。

 東日本大震災の発生当時も漁港にいた。港の岸壁などが崩れ、迫り来る大津波を前に家族と急いで高台に避難したが、船は沖に流された。漁港に停泊していた漁船94隻のうち、残ったのは8隻。森田さんの漁船「第8祥生丸」は奇跡的に沖合で見つかった。しかし、漁場はがれきだらけ。原発事故の影響も重なり、地元からの出港はすぐにはかなわなかった。

 半年後、相馬市の松川浦漁港を拠点に、海底のがれき撤去を1年以上続け、漁ができる環境を整えた。その後、南相馬市の真野川漁港に船を係留し漁を再開。そして2017年2月、請戸漁港が一定程度復旧したため、震災から約6年ぶりに"帰港"した。

 「地元はやっぱり心地いい」。所属漁船は震災前の3分の1に減り、漁師の後継者不足は進んだが、漁師同士の連帯感は増した。震災直前に漁師になった長男久之さん(35)だけでなく、仲間の漁師にも培った漁法を伝えている。一度沖に出れば「誰よりも多くとりたい」とライバルに変わるが、「新鮮な請戸の魚を市場に届けたい気持ちはみんな同じだ」と話した。

 再開は本操業への弾み 市場関係者・小野重美さん

 【新地】新年を迎えた市場に次々に魚が運び込まれ、仲買人による競りで活気づく。新地町の新地地方卸売市場が昨年12月4日に、約10年ぶりに再開してから約1カ月。「港ににぎわいが戻り本当にうれしい」。再開へ奔走してきた相馬双葉漁協新地地区代表で、市場を取り仕切る小野重美さん(73)は競りを見届けながら胸をなで下ろす。

 市場は、東日本大震災の津波で甚大な被害を受け解体。「本当に再開できるのか」。1年前に代表になったばかりの小野さんは不安を抱きながらも、漁師の先頭に立ってがれきを撤去し、試験操業を進めながら町に新たな施設の建設を要望した。
 市場の建物は2018年3月に再建されていたが、試験操業中で水揚げ量が少なかったことに加え、新型コロナウイルス感染症などの影響で時期を見合わせ、ようやく再開の日を迎えた。

 再開には懸念もあった。3~4社あった町内の水産会社は震災の影響などでゼロになり、業者が集まるかは不透明だった。いざ再開すると、相馬市や宮城県亘理町などから仲買人が訪れ、思った以上のにぎわいを見せた。今でも毎回5社程度が競りに訪れている。

 これまでは相馬の市場に陸送していたが、「水揚げ量が増えれば負担が増えていた。市場再開は本操業への弾みになる」と自信をみせる。とれる魚種など海の状況が変化し、放射性物質トリチウムを含む処理水問題への懸念など課題は多い。それでも「力を合わせて少しずつでも復興を進めたい」と前を見据える。