【第1原発ルポ】廃炉困難さ変わらぬまま 敷地10年間で改善も

 
福島第1原発の共用プールで行われた核燃料の搬入作業=2021年2月17日

 東京電力福島第1原発事故から10年を前にした2月17日、第1原発に取材に入った。大量の放射性物質で汚染された敷地は10年間で環境が改善され、96%で防護服を着る必要がなくなった。一方で、取材の4日前に発生した東日本大震災の余震とされる最大震度6強で、原子炉の損傷拡大が後に判明。廃炉の困難さは変わらないまま次の10年を迎えることになった。

 「この場所も事故直後は推計で毎時十数ミリシーベルトはあったんですよ」。1~4号機の原子炉建屋を見渡せる海抜35メートルの高台で軽装の広報担当者が強調した。敷地内では、地表にモルタルを吹き付ける「フェーシング」などの放射線対策が進み、今では原子炉建屋から約100メートルの高台でも防護服は不要だ。事故直後に繰り返し映像を目にした水素爆発の現場に、スーツ姿で立つ自分に現実感が湧かなかった。

 水素爆発で屋根が崩落した1号機は、むき出しの骨組みから事故当時のがれきが見え、建屋が健在の2号機、カバーやドーム屋根が付いた3、4号機とは対象的だ。1号機のカバーは、使用済み燃料プールからの燃料取り出しに向けたがれき撤去のため、2016(平成28)年秋に取り外された。共用プールでは、大型クレーンに専用装置を人力で取り付け、3号機の使用済み燃料プールから取り出した核燃料2体の搬入が行われていた。

 敷地南側には1000基以上のタンク群が林立。汚染水を浄化して、トリチウム以外の大半の放射性物質を取り除いた処理水を保管している。処理水の処分方法は昨夏ごろが決定期限とみられていたが、漁業者を中心に反発が強く、政府はいまだに方針を示していない。東電の担当者は「われわれは『少しでも汚染水の発生量を抑える』としか言えない」と言葉少なだった。

 この時すでに、1、3号機は最大震度6強の地震で損傷が拡大し、原子炉格納容器の水位が低下し始めていた。ただ、東電が事態を把握、公表したのは19日夜になってから。事故から10年が過ぎても原発の内部を把握し切れない状況に、最長40年とする廃炉の完了目標がかすんで見えた。