「安全にやりすぎはない」インフラ、命を守る 「藤沼湖」被災者切実な思い

 
藤沼湖の本堤近くで、決壊についてまとめた記録誌を手に当時を語る森さん。農繁期を前に、湖には豊富な水が蓄えられている=2月26日、須賀川市・藤沼湖

 須賀川市西部の長沼地区には、満々と水をたたえた農業用ダム「藤沼湖」がある。今から11年前、激しい揺れにダムは決壊し、恵みの水は濁流となり集落や農地をのみ込んだ。雪の残る2月末、修復が完了したダムを「被災者の会」元会長の森清道さん(65)と歩いた。

 「水と一緒に、山の木も根こそぎ飛んできた」。森さんは死者7人、1人が行方不明となった「内陸の津波」の惨状を振り返った。地域で人望が厚い森さんは2011(平成23)年6月、被災住民が組織した「被災者の会」の会長に選ばれた。地域再生に向けた話し合いでは当初、大きく二つの意見に板挟みになったという。

 「また決壊したらどうする。ダムなんていらない」。決壊で家族を亡くし、住宅を流されるなどした被災者の多くは、農業用水を利用していない住民だった。一方、農業用水の恩恵を受けていた生産者の中には「コメを作れない俺たちだって被災者だ」と森さんに打ち明ける人もいた。話し合いの結果、ダムを再建した復興を目指すことになった。

 森さんは、行政に「直すなら絶対に壊れないものを造ってほしい。震度6強、7に耐えられる、ではない」と訴えた。藤沼湖は当時の最新の技術を使い、東日本大震災と同規模の地震が起きても崩壊しない強度を備えて再建された。ダム堤体の状態や水位を観測する計器も設置され、情報を収集・管理する機能も充実した。

 しかし、森さんは「設備が復旧しても、気持ちだけは完全には癒えない」と湖のほとりで言葉を続けた。地域住民の中には、当時の被災の恐怖から今も湖面を見ることすらできない人がいる。自宅を流された森さんも「また決壊するのではないか」と時折、不安を感じることがある。一定の理解のもとで地域再生を進めたが、意見の対立に悩む時期もあったという。

 社会インフラとして堅固に再建された藤沼湖ではあるが、見る人によって受け止め方は異なる。森さんは「できてからが大事。安全管理に『やりすぎ』ということはない」と強調する。その手には、森さんらが藤沼湖決壊に感じた切実な思いをまとめた記録誌があった。

 多額の財源が投じられ、震災で被災したインフラはほぼ再建されたといわれる。工事や維持管理の担い手には、インフラは誰かの命を預かっているものだということを忘れないでほしい。(須賀川支社・秋山敬祐)