新エネルギー「水素」活用 復興や地域の発展、確かな存在感

 
完成した福島水素充填技術研究センター(手前)。奥は福島水素エネルギー研究フィールド=2022年12月12日、浪江町棚塩(ドローン撮影)

 温暖化対策で温室効果ガス排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)の実現を目指し、各国が技術開発にしのぎを削る中、新エネルギーとして注目されるのが水素だ。県内でも水素の利活用に向けた技術開発と普及促進に力を入れることで復興や地域の発展につなげようとする動きが活発になっている。現状を追った。

 浪江、作り運び使う先進地

 水素の研究と利活用で国内外を先導し始めたのが浪江町だ。沿岸部の棚塩地区に世界最大級の水素製造拠点「福島水素エネルギー研究フィールド」が立地する強みを生かし、町は「なみえ水素タウン構想」を打ち出した。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興の途上にある町は水素を「作る・運ぶ・使う」ための研究の場を提供することで"水素先駆けの町"として、水素社会の実現と地域再生を目指している。

 研究フィールドでは、太陽光による再生可能エネルギーを活用し、二酸化炭素を排出しない水素の製造技術の研究が行われている。

 隣接地には福島水素充填(じゅうてん)技術研究センターが昨年12月に開所し、大型車向けの水素の充填や計量に関する国内初の技術開発が始まった。

230111sinsai602.jpg(新技術のツインノズルを採用した水素充填設備=浪江町・福島水素充填技術研究センター)

 水素タウン構想は商工業や交通、教育など町内の幅広い分野で水素の利活用を推し進めるのが柱だ。研究フィールドで製造された水素が町内の宿泊施設や道の駅なみえなどで利用され、町民の生活を支えている。

 水素は酸素と結び付けることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーに変えたりすることができる。その特性を全面的に取り入れ、宿泊施設「福島いこいの村なみえ」では水素で施設の電力を賄い、熱で浴場の湯を沸かしており、来場者が「水素の湯」で疲れを癒やしている。

 燃料電池車用の水素ステーションは移動式の「ナミエナジー」、定置式の「浪江水素ステーション」の開所が相次いだ。研究フィールドで製造された水素を充填でき、エネルギーの地産地消と燃料電池車の普及拡大に貢献している。

 新年度からは、なみえ創成小中の子どもたちの送迎に水素で走るスクールバスが導入される計画だ。町は「子どもから大人まで水素を身近に感じてもらう取り組みをさらに前進させていきたい」としている。

 いわき、人材育成技術身近に

 いわき市では、燃料電池(FC)バスが運行されるなど、水素を中心とした再生可能エネルギーを利活用する取り組みが官民両面で活発化している。

 中核を担うのが、エネルギーやバッテリー関連企業などでつくる「いわきバッテリーバレー推進機構」だ。

230111sinsai603.jpg(子どもたちが操縦を体験した燃料電池車のミニカー=いわき市)

 機構は水素と蓄電池併用技術の開発を進めながら、市沿岸部に水素パイプラインを敷設するよう関係機関に働きかけてきた。子ども向けにFCの仕組みを紹介する「バッテリーバレーフェスタ」や燃料電池車の展示会、講演会を通じて水素技術や脱炭素の普及啓発にも取り組む。

 構成企業のうち、バッテリー性能評価の最大手東洋システムは地元の福島高専と共同で講座を開設し、水素やバッテリー関連の専門人材の育成に乗り出した。

 同市の小名浜港は、脱炭素化に配慮した機能がある港湾「カーボンニュートラルポート」の指定を受け、水素やアンモニア貯蔵タンクの設置などが想定されている。県が温室効果ガスの削減目標などを含めた計画の策定を進めている。

 郡山、他地域から学び連携

 郡山市は、国内外にある水素研究の先進地との連携を強める一方、民間でも水素の利活用に乗り出した。

 市が連携するのは愛知県豊田市とドイツのエッセン市、フランスの49市町村でつくるグルノーブル・アルプス都市圏で「水素の利活用」などをテーマにした行動計画を作っている。

 4者は本年度中に行動計画を定め、具体的な取り組みを始める方針を示している。郡山市は各都市や地域の好事例を参考にして水素などの利活用を進め、二酸化炭素の排出を抑える製造方法の導入や、サービスの提供につなげたい考えだ。

 民間の動きでは佐藤燃料(郡山市)が燃料電池車に燃料を供給する商用定置式水素ステーション「エネルギーPark(パーク)郡山南」を開所した。日本水素ステーションネットワーク合同会社(東京都)との共同で、市内の工場で生産した水素を販売する仕組みを整えてきた。市は「燃料電池車など次世代自動車の導入費補助にも引き続き取り組みたい」としている。

 福島県、燃料電池車導入後押し

 県によると、県内の燃料電池車(FCV)の登録台数は東北トップの366台(昨年11月末時点)で、本県に次ぐ宮城県(119台)の3倍以上となっている。

 FCVに燃料を供給する商用の定置式水素ステーションはいわき、郡山、浪江の3市町で計3基が運用されており、福島市でも本年度中に整備される予定だ。

 いわき、郡山両市では、県とトヨタ自動車によるFCトラックの物流実証が今月にも始まる。県内のスーパーやコンビニ大手も参加し、FCトラックを使った効率的な配送システムの構築につなげる。「福島発」で水素活用のまちづくりモデルをつくるのが狙いだ。

 新エネルギーの先進地を目指す県は、FCVの導入費補助に加え、FCトラックを取り入れる企業向けの補助や大規模水素ステーション整備への支援といった手厚い制度を設け、水素の普及を後押ししている。

 価格や利便性、改善が鍵 日大工学部・電気電子工学科 渡部仁貴教授

 県再生可能エネルギー関連産業推進研究会の水素分科会でテクニカルアドバイザーを務める日大工学部電気電子工学科の渡部仁貴教授(63)は「福島を水素先進県とするためには、産学官が連携して利活用の裾野を広げ、地場産業として根付かせていく必要がある」と指摘する。

 渡部氏によると、水素エネルギーは燃料電池車(FCV)のほか、火力発電や鉄鋼製造など、さまざまな分野での利活用が可能とされる。実用化が進めば二酸化炭素(CO2)削減や日本のエネルギー自給率向上などの効果が期待される。

 普及に向けた課題の一つに既存エネルギーとのコスト差が挙げられる。FCVの場合、現状の燃料価格はガソリン車とほとんど変わらず、電気自動車(EV)よりも高いため、渡部氏は「今のままではガソリン車からの置き換えが思うように加速しない」とみる。政府は2030年までに水素燃料のコストを現在の3分の1まで下げる目標を掲げるが、達成には余剰電力を使った水素エネの製造や技術開発などが欠かせない。

 FCV利用者の利便性向上も重要な課題だ。FCVに燃料を供給する定置式水素ステーションについて、渡部氏は「『需要が少ないから』と整備が進まなければFCVが普及せず、産業としても育たない」とした上で「水素社会を見据え、企業が先行投資できるかどうかが鍵を握る。水素を安く作って、他地域に売る仕組みを実現できれば福島の強みとなる」と展望した。