【検証・特定避難勧奨地点】指定外に慰謝料を 伊達の集団申し立て

 

 住民間の亀裂修復へ

 「指定の有無により恨みの矛先が対住民に向いた『わだかまり』を解消する」。2013(平成25)年2月、特定避難勧奨地点外の伊達市民323世帯991人が、東京電力に指定世帯と同等の精神的損害への慰謝料を求め、原子力損害賠償紛争解決センターに集団で和解仲介を申し立てた。住民間に生じた亀裂の修復―。真意はその一点だった。

 さかのぼること8カ月前の12年6月16日、伊達市霊山町の市議菅野喜明(44)の姿が南相馬市にあった。先にセンターに集団で和解仲介の手続きを申し立てた市民団体に会い、集団申し立てについて相談するためだった。その場で弁護士の紹介を受け、地域の実情を訴えた。

 制度上、勧奨地点は公表されない。その不透明さから疑心暗鬼になる市民も珍しくなかった。「お前は議員だから指定されたんだろ」。勧奨地点に指定されていない菅野の自宅に、脅迫めいた電話がかかってきたこともあった。

 12年7月、弁護士が伊達市霊山町小国地区で住民から実情を聞くとともに、現地調査を行った。「これはひどい」。菅野がそう思っていたように、弁護士もまた、地域分断の実情を感じ取った。その後、複数回の会合を経て、同年9月3日に裁判外紛争解決手続き(ADR)を目的とした住民組織「小国地区復興委員会」が設立された。

 ADRには、伊達市の小国地区だけではなく、霊山町石田や月舘町月舘相葭(あいよし)地区の勧奨地点に指定されなかった住民も加わった。皆が皆「同じコミュニティーなのになぜ」との共通の不満があった。弁護士からは勧奨地点指定の「小字」単位なら100%の賠償を勝ち取れる―と提案されたが、住民たちはこの不満を解消するために「慰謝料の平等分配」を譲らなかった。

 申し立てから10カ月後の13年12月。菅野らに和解案が届いた。▽1人当たり一律で月額7万円の慰謝料の賠償▽期間は勧奨地点の指定が始まった11年6月30日~指定世帯の精神的賠償が打ち切られた13年3月の22カ月―。

 そこには住民の訴えが反映された一文もあった。「日常的な生活圏は勧奨地点の有無にかかわらず同じ」。小字ではなく、コミュニティーとして認められた。住民に対する説明会を開くと、誰もが手放しで喜んだ。慰謝料の平等分配が認められ、コミュニティー再生を願った菅野にとっては、この上ない和解案だった。

 問題解決にはならず

 東電はその後、和解案を受諾した。当時としては最大規模のADR和解となった。だが、この後、伊達市霊山町の別地区の住民らが東電に損害賠償を求めたADRなどでは、センターから和解案が示されても東電は受け入れず、仲介手続きが打ち切られるケースもあった。

 申し立ての準備から約1年8カ月、眠れない日を過ごした菅野。「地域コミュニティー再生の一助にはなったのかな」と自らをねぎらう。一方、地元では勧奨地点の話が今でもタブー視される。「沈静化につながったかもしれないが、根本的な問題解決にはつながっていない。決して元通りではないんだろうな」(文中敬称略)