【検証・県民健康調査】妊産婦、放射線影響なし...不安除く材料に

 

 「東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による妊産婦への影響を把握して、記録として残す必要があると思った」。福島医大産科・婦人科学講座教授の藤森敬也(56)は、県民健康調査の一つとして2011(平成23)年度に妊産婦調査を始めたきっかけを話した。調査だけではなく、妊産婦への心の支援も必要な状況だと考えていた。

 原発事故により妊産婦の放射線への不安が高まる中、調査は行われた。低出生体重児や奇形の発生率、早産率などは全国平均とほとんど変わらなかった。藤森は「客観的な数字により、放射線の直接的な影響はなかったと言えることになった」と強調する。

 病気の診断などで受ける医療被ばくによる妊産婦への影響について、藤森は「産婦人科医なら50ミリグレイ(50ミリシーベルト相当)未満は胎児への影響がないことを知っている」と説明する。県民健康調査の「基本調査」では、県民の原発事故後4カ月間の行動記録から外部被ばく線量を推計している。その結果、放射線業務従事経験者を除く県民の99.8%の外部被ばく線量は5ミリシーベルト未満で、藤森は「桁が違う」と指摘。妊産婦に特化した外部被ばくと出産状況の関連についても今後、さらに検討が進む見通しだ。

 質問「極端に減った」

 「放射線に関する質問は極端に減っている」。母乳の放射性物質濃度検査や子育て電話相談などを行ってきた県助産師会長の小谷寿美恵(54)は現状を語った。母乳検査が始まった12年当時は467件の申し込みがあったが、18年は3件に減少。数字は母親の心境の変化を物語っている。

 小谷は、妊産婦に関するさまざまな調査で胎児への影響がないと分かったことが、母親の不安を和らげる一つの判断材料になっているのではないかと推察する。ただ、「子どもの将来のこととか、言葉に出さないだけで、不安な気持ちを心にため込んでいるのかもしれない」と思うこともある。

 原発事故当時の妊産婦や母親の状況を知る前会長の石田登喜子(69)は「お母さんが情報に振り回されずに自分で行動を判断できるように導き、寄り添ってあげられるような支援が一番必要。相談に常時、応じることができる態勢を継続することが大切だ」と話す。

 妊産婦調査を巡っては、これまでの調査結果を踏まえ、早産率などを調べる「本調査」が本年度で終了する。一方、継続的に母親の心理状況を把握して「心の支援」を行うため、母親の子育てへの不安などを調べるための「フォローアップ調査」は継続する。

 藤森は次世代の子どもへの影響について「影響はないと考えている」としつつも、今の子どもたちが母親になって出産する時の不安を解消するために「20~30年後も調査して結果を示す必要があるだろう」と話した。(文中敬称略)

 早期治療へ「体制構築」 4カ月間の外部被ばく線量推計

 県民健康調査は、東京電力福島第1原発事故による放射性物質の拡散や長期にわたる避難生活などを踏まえ、県民の健康状態を把握するために2011(平成23年)6月に始まった。さまざまな疾病の予防や早期発見、早期治療に結び付ける体制を構築することで、原発事故による健康不安を払拭(ふっしょく)する狙いもあった。調査のベースとなったのは、県民一人一人の11年3月11日から7月までの4カ月間に受けた外部被ばく線量を推計する「基本調査」だ。

 県が福島医大に委託する形で行っている。調査の在り方やデータ分析は、有識者による検討委員会が助言する仕組み。このうち基本調査は、当時県内に住民登録があった全県民を対象にしており、対象は200万人を超える。

 調査は、県民に問診票を配り、原発事故からの4カ月間、「いつ」「どこに」「どのぐらい」いたかの行動記録を回答してもらう方式。その行動記録を当時の各地の空間放射線量のデータと組み合わせることで、一人一人の被ばく線量を推計することができる。20年3月末現在の回答率は27.7%。

 広島、長崎の原爆被爆者を対象にした疫学調査などでは、被ばく線量が100ミリシーベルト以下では明らかな健康影響は確認されていない。基本調査の結果によると、回答を寄せた県民の99.8%が5ミリシーベルト未満となっている。このことから、県や福島医大は「放射線に由来した健康影響があるとは考えにくい」と評価している。

 原発事故後の放射線量が比較的高かった相双は5割弱となっている。一方で、原発から遠い会津、南会津などで低い傾向にある。県は3割弱で頭打ちとなった回答率の結果が、県民全体の実情を表しているかどうかを確認するための検証を行った。

 回答を寄せていない人を対象に調査し、データを集計したが、被ばく線量の分布傾向に大きな変化はなかった。このため、県は「基本調査」の結果は被ばくの実態を表したものと判断している。15年度までは回答率を上げるための広報活動を展開したが、現在は希望者からの相談を受け付ける体制に切り替えている。

          ◇

 震災、原発事故から間もなく丸10年。原発事故による健康影響の有無は県民の関心事であり続ける。福島医大などの医療関係者によって行われてきた「県民健康調査」で得られた結果などを分析、検証する。