【検証・県民健康調査】遺伝影響...今も誤認識 正しい情報伝える

 

 「東京電力福島第1原発事故による被ばくで、次世代への遺伝影響はないということを言い続けなければならない」。福島医大放射線健康管理学講座教授の坪倉正治(39)の声に力が入る。坪倉が懸念するのは、県民健康調査の「こころの健康度・生活習慣に関する調査」で明らかとなった、あたかも岩盤のように固い誤った認識だ。

 こころの健康度・生活習慣に関する調査は、原発事故で避難指示が出された地域の県民を対象に福島医大が実施している。質問項目の一つに「被ばくによる次世代への影響はあると思うか」がある。

 原発事故直後の11年度は、約6割が「影響がある」と回答した。その後の12、13年度は5割弱、14年度には4割弱となったが、以降は3割台で下げ止まった。この期間、県民健康調査の「妊産婦調査」によって、県内の新生児に異常が増えていないことが明らかになってきたにもかかわらずだ。

 坪倉は、原発事故後の早い段階から浜通りに入り、医師として県民の不安解消に努めてきた。その経験から「恐らくは、自分の子どもたちには影響が及んでほしくないという気持ちの裏返しなのだろう」と推察する。しかし、「遺伝影響に関する誤った認識は(福島県に嫁がせないなど)冠婚葬祭などに絡んだ差別や偏見につながりやすい。県外ではなおさらだ。(差別などに遭わないように)知るべきことを知っておかなければいけない」と訴える。

 坪倉の心配を裏付けるようなデータがある。三菱総合研究所(東京都)が、原発事故に伴う風評問題などをテーマに東京都民を対象にした調査だ。20年の調査では、回答者の4割が福島県民に遺伝影響があるかもしれないと認識していた。

 放射線被ばくの遺伝影響を巡っては、広島と長崎の被爆2世の人を対象にした追跡調査や小児がんで放射線治療を受けて回復した人の子どもの調査などを通じて明確に否定されてきた。さらに県民健康調査で影響がないことが確実になった。坪倉は「二重三重に否定されていることを、どれだけの人が説明できるでしょうか」と指摘する。

 最近、坪倉は、学校を訪れて東日本大震災後に生まれた子どもたちに放射線影響の話をする際、「なんでこんなことを勉強するの」という雰囲気を感じることがあるという。震災から10年の歳月が経ようとしている中、正しい知識への関心が薄れつつある。坪倉は、求められる対策について「正しい情報を伝え続けていくことに尽きると思います」とつぶやいた。(文中敬称略)