【検証・県民健康調査】「心の復興」途上 回復モデル適用できず

 

 「東京電力福島第1原発事故があった福島の心の復興には、これまでの自然災害のような回復のモデルが適用できない。原発事故から10年でようやく分かってきたこともある」。福島医大教授の前田正治(61)=災害精神学=は、県民健康調査の「こころの健康度・生活習慣に関する調査」の結果を慎重に読み解く。

 原発事故で避難指示が出た地域の住民の「こころの健康度」のうち、16歳以上を対象にした調査では2011(平成23)年度、気分の落ち込みや不安から支援が必要とされる人の割合が14.6%に上った。全国平均の3.0%を10ポイント以上上回り、18年度になっても5.7%に高止まりしているのが現状だ。

 子どものこころの健康度を調べる調査は、何らかの問題行動のある子どもの割合を表している。県外が9.5%であるのに対し、減少傾向にあるものの、10%を超える水準で推移してきた。

 前田は「自然災害では、物理的な復興と心理的な復興は軌を一にする。だが、福島ではなかなか下がらない」と指摘する。前田はその背景に、原子力災害に特有な放射線への不安や避難生活のストレスがあると分析する。それに加え、災害精神学で「あいまいな喪失」と名付けられた、特徴的な心理状態が働いているのではないかとみている。

 「あいまいな喪失」の考え方は、米中枢同時テロで注目された。消防士らが倒壊したビルのがれきに埋もれた行方不明者を捜しに行き続け、大きな心の傷を負った。体という「物」は失われているが、彼らへの思いという「心」が残されている不安定な状況がストレスとなった。水難事故の遺族らの気持ちにも当てはまる状況という。

 本県の場合は、その逆のケースがストレスになっている。避難指示が出された地域では、家や街並みという「物」が残されている。しかし、そこを訪れても以前のような地域社会は存在しておらず、「心」が伴わない。物質的に失われていないので「帰ることができる」という希望はあり続けるが、さまざまな理由で実現できないという葛藤も生じる。前田は「非常にあいまいな状態からだと、再出発は難しくなるのだろう」と推察する。

 遠隔での「電話支援」

 前田ら本県の精神医療者は、前例のない原子力災害からの心の復興に、これまで行われてこなかった取り組みで向き合っている。全国に散らばった被災者の心を支える遠隔での「電話支援」の手法の構築、自殺につながりやすい飲酒問題を解決するための「断酒」ではなく「節酒」のアプローチなどだ。

 これらの取り組みは、新型コロナウイルスへの対応や自然災害の被災地などから、先進的な試みとして注目を集める。前田は「歩みはゆっくりだが、こころの健康度は着実に良くなっている」と語った。(文中敬称略)

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 こころの健康度 東京電力福島第1原発事故で避難指示が出された地域で調査が進められている。16歳以上の住民は「K6」、子どもは「SDQ」という手法を採用。原発事故当時の住民だけではなく、事故後に生まれたり、転居してきたりした人も対象にしている。