心の健康、若者へ支援を 福島医大こころの医学講座・前田正治教授

 

 県民健康調査の「こころの健康度・生活習慣に関する調査」で得られた成果などについて、福島医大医学部災害こころの医学講座教授の前田正治氏(61)に聞いた。前田氏は「若年層への支援が必要になっている」と課題を指摘した。一方で、自治体職員への心の支援や飲酒習慣を改善するための「節酒」の活動、電話による積極的な支援体制などは「福島発の先進的な取り組みとなっている」と語った。

 自治体職員支援や「節酒」活動、福島発の先進的事例

 ―心の健康度についてどのように分析しているか。16歳以上の調査では支援が必要な人の割合が高い。
 「まず言いたいのは、回復しているのは間違いないということ。ただ、細かく見ると二つの特徴がある。第一に県外避難した人の状況が悪い傾向にある。慣れない環境に困っていたり、孤立化したりしていることが背景にあると考える」

 「第二には、これまでの研究ではなかったことだが、30歳未満の若い世代が悪い傾向にある。浜通りの現場からは、引きこもりがちになっている事例の相談が挙がってきている」

 ―若い世代が悪い傾向にある原因は何か。
 「調査当初は、小さい子どもや母親、高齢者の状態に注意していた。若い世代は元気だろうということで、あまり支援対象にしていなかった。考えられるのは、進学や就職などそれぞれのアイデンティティーを固める時期に、避難で転居を繰り返した影響があるのではないかということ。今になって見えてきた課題で、支援が必要だ」

 ―子どもの心の健康度は大人に比べると落ち着いているように見えるが。
 「調査は事故後に生まれたり、転居してきたりした人も対象にしている。小学生の中には震災を経験していない子もいるため、良い結果になった部分がある」

 「震災当初は子どもで、心の健康度が悪かった世代が10年たって大人の調査の区分に入っている。先ほどの若い世代の問題につながっているかもしれない。データを詳細に調べてみなければならない」

 ―原発事故という課題を抱えた本県の心の復興への課題は何か。
 「心の復興の専門家にとって、福島の状況に適用できるモデルがなかった。自然災害の場合は、物理的な復興と心理的な復興は基本的に軌を一にする。しかし、福島では除染などの復興が進んでも心の健康度が改善していかない。強いて近いモデルを挙げれば、避難生活が長期化する海外の難民の事例だろうか。私たちはそのような状況への対処を経験していなかった」

 「大人で支援が必要な人の割合は調査後4、5年で7%まで下がったが、これは発災1年目の宮城県の仮設住宅避難者のデータと同じレベルだ。うつ状態になる要因を調べてみると、その大きな要素として『放射線の影響が遺伝するのではないか』という心配があることが分かった。(正しい知識が伝えられるなど)放射線に関する認知が良くなると、うつも減ってきたが、(支援が必要な人の割合は)下げ止まっているのが現状だ」

 「原発事故後、避難指示が出た地域の人に賠償金が支払われた。そして、そのことに対する差別や偏見、やっかみが生じた。これは自然災害では見られないもので、非常に被災者の方を苦しめたと思う」

 再出発の切り替え難しい「あいまいな喪失」

 ―近年は「あいまいな喪失」という状況にあるのではないかと指摘されているが。
 「米国のポーリン・ボス氏が提唱した考え方で9・11テロ(米中枢同時テロ)で注目された。多くの人がビルの下敷きになり、消防隊は非番でも(出動して)遺体を見つけるまで捜そうとした。(ビルの倒壊などで)遺体という物質が存在していない状況だが、心の中ではその人の存在感がある。海難事故の遺族にも同じことが当てはまる。これをボス氏は1型のあいまいな喪失と呼んだ」

 「しかし、ボス氏は福島の復興に関わる中で、逆の形の2型の喪失もあると指摘。物質はあるが、そこに親しみは感じられないという喪失だ。津波と違い原発事故の被災地では写真などを見ると帰ることができそうな気がするが行ってみたら元の故郷とは違っている」

 「帰るという希望を持つことはできるが、現実になるまでの過程が長いとしんどくなってしまうし、いつまでも再出発の切り替えが難しい。避難指示が解除された時、このあいまいな喪失に直面した人がいる」

 ―被災自治体の職員への支援の必要性を指摘しているが、状況はどうか。
 「自治体職員の状況は厳しい。県民健康調査とは別に、ある二つの自治体の全職員を面接して調査したが2割近い人がうつ状態だった。これは自治体が帰還する前だった。つまり職員は、帰還という大きな仕事の前に、すでにぼろぼろのきつい状況で頑張っていた」

 「忘れていけないのは、自治体職員も被災者だということだ。避難先で生活しながら、職務に取り組んできた。彼らが元気に頑張ってもらえるような状況にしないと、復興どころではなくなる。非常に心配で、支援が必要と考えている」

 ―県民健康調査では問題となる飲酒行動があるかどうかも調べている。
 「飲酒の問題は、うつや自殺の問題と密接に絡んでいる。中でも自殺の問題は深刻で、福島県は岩手、宮城両県と比べて多かったため、飲酒問題への対応が求められた。量だけではなく、飲むスタイルの変化が大きい。震災前にあまり飲まなかった人が急に飲むようになったのが一番悪いパターンだが、その逆も良くない結果が出ている」

 「県と対策を考えている時に『急にお酒をやめてくれと言っても、なかなか耳を傾けてくれないだろう』という話になった。その時、国内では主流の対策だった『断酒』ではなく、『節酒』の手法で効果を上げた九州での事例を思い出し、取り組むことにした。簡単に言うと、健康を壊さずにお酒とうまく付き合っていこうというやり方だ」

 必要な人への電話、全国注目の財産になる

 ―先進的な取り組みへの反応はどうだったか。
 「当初は行政や医療機関などから『断酒以外のやり方は認めない』という意見などもあったが、今は受け入れてもらっている。福島は国内で一番、節酒の取り組みを進めているのではないか。続けていきたい」

 「自治体職員へのサポートという視点や被災者への節酒のアプローチという福島発信の取り組みは、熊本地震などの被災地で役立てられている」

 ―今後のサポート体制についてどう考えるか。
 「原発事故後に福島医大に整備された『電話支援』のシステムを活用していきたい。電話による遠隔支援は(相談者がかけてくる)ホットライン形式が多いが、普通はあまりかかってこない。福島医大のシステムはこちらから支援が必要な人に電話をかけるアウトリーチ方式だ。20万人という対象を視野に入れた電話支援のサポート体制は国内初だろう。電話支援を受けた人の調査をすると、限界はあるが、状況が改善されたとの結果が出ている」

 「電話支援は、被災者が全国に散らばってしまった現状に対応するためにつくられた。電話支援は訪問支援よりも技術が必要だが、優秀なベテラン保健師が集まった。仮に直接訪問する方式を取っていたら、せいぜい手紙を郵送するぐらいしかできなかったと思う。この方式も、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、全国から注目される財産になると考えている」

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 まえだ・まさはる 北九州市出身。久留米大医学部医学科卒。同学部神経精神医学講座准教授を経て、2013(平成25)年10月に福島医大医学部災害こころの医学講座教授に就任。