【トリチウムとは】外部被ばく無視できる 服や皮膚通過しない

 

 東京電力福島第1原発で保管される処理水の処分を巡っては、トリチウムの人体への影響を心配する声がある。だが、トリチウムを研究している富山大水素同位体科学研究センターの原正憲准教授(49)は「外部被ばくは無視できる」と明言する。

 根拠は、トリチウムが出す放射線の種類と、そのエネルギーの弱さだ。

 トリチウムの放射線は空気中だと5ミリメートル程度しか届かず、水中だと数マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)も進まない。「外部からトリチウムの放射線が人体に当たったとしても、皮膚の垢(あか)みたいなところで止まってしまうのではないか」と、原氏は説明する。

 では、なぜトリチウムの放射線は弱いのか。科学的な性質まで理解している人は少ないかもしれない。原氏は問いに対し、トリチウムが放射線を出す仕組みから語り始めた。

 トリチウムの原子核は、陽子1個と中性子2個で成り立つ。このままでは陽子と中性子の数のバランスが悪く、不安定な状態にある。そこで安定した状態になろうとして中性子1個が陽子1個に変わる。この時に、原子核の外に出される電子が「ベータ線」と呼ばれる放射線だ。

 この過程を経てトリチウムが放射性物質ではない「ヘリウム3」に変わる。トリチウムの原子核とヘリウム3の原子核の重さの差がとても小さいため、放射線のエネルギーは弱い。

 同センター内の分析室を取材した。原氏が棚から密栓された透明な容器を取り出した。中身はトリチウムや発光性の物質、消光剤が入った液体だ。トリチウム濃度を測る装置の校正に使うという。濃度は1300ベクレル程度。密栓されて溶液が漏れ出る危険はなく、被ばくの恐れもないため容器を素手で触ることができた。

 ここでは、トリチウムの計測技術の研究開発などが行われている。実験で使いやすいトリチウム水の濃度は1リットル当たり1000万ベクレル程度で、第1原発で見た処理水(1リットル当たり約77万ベクレル)よりはるかに濃い。原氏は「実験の精度を高めるためで、もっと濃いものを使う場合もある」と話した。

 原氏は、トリチウムにより被ばくするケースは三つあるという。〈1〉トリチウムが皮膚に付き、皮膚から吸収されて体内に取り込まれる〈2〉呼吸で空気中に含まれたトリチウムを吸う〈3〉顔などに付いたトリチウムが口から入る―だ。いずれも、体内に取り込まれたトリチウムが引き起こす内部被ばくだ。その上で、こう指摘した。「この3経路を遮断すればトリチウムによる被ばくはない。外部被ばくと内部被ばくを分けて考えることが大切だ」