【トリチウムとは】お茶にも「入ってます」 短時間で体外排出

 

 「このお茶にもトリチウムが入っているんですか?」。茨城大(水戸市)を訪ね、放射線がヒトの体に与える影響を研究する理学部長の田内広教授(57)に取材した。差し出されたお茶について聞くと、田内氏は「入ってます」と、ためらうことなく答えた。

 放射性トリチウムが出す放射線は弱い。それでもトリチウムを飲み込んだり、吸い込んだりすることを不安視する声は強い。風評対策が絶対に必要と言われる要因の一つだ。では、体内に取り込むと、どんな影響が出るのか。

 地球上には宇宙線などの影響で常に一定量のトリチウムが存在している。そのほとんどは、水と化学的性質がほぼ同じトリチウム水(HTO)として存在する。水蒸気になって大気中を漂っているものもある。田内氏によると、地域によって濃度は異なるものの、雨水や水道水には1リットル当たり0.1~1ベクレルほどのトリチウムが含まれている。

 地球上の生き物は水分補給や食事、呼吸などでトリチウム水を取り入れる。一方で、体内に入ったトリチウムの大半は「体の外に排出されてしまう」と田内氏は言う。トリチウムの約95%は通常の水(H2O)と同じように排せつ物や呼気として短期間に体外に出る。摂取と排出を繰り返し、ヒトの体内には常に数十ベクレルのトリチウムが存在するという。

 生物の体内に取り込まれた物質が排出されず、食物連鎖で上位の生物に食べられることを繰り返すと、その物質は濃縮される。この「生物濃縮」を不安視する声もあり、風評につながりかねないが、科学的には、トリチウムは短期間で体外に排出されるため生物濃縮は起きないとされている。

 一方、残り約5%のトリチウムは体内のタンパク質や糖、脂肪などの有機化合物をつくる水素原子と置き換わり、体の一部になる。「有機結合型トリチウム」(OBT=Organically Bound Tritium)といい、トリチウム水放出に反対する意見の論拠の一つとなっている。

 影響、大事なのは「濃度」 前提欠く誇張...恐怖心に

 「トリチウムを体内に取り込むことで遺伝子が傷つけられる恐れがある」。2018(平成30)年8月に県内外で開かれた公聴会。東京電力福島第1原発のタンクに保管された処理水を環境中で処分することに反対する人たちは、不安視するものとして「有機結合型トリチウム」(OBT)などによる影響を指摘した。

 「トリチウムがOBTになってDNAに取り込まれ、内部被ばくすることはあり得る。ただし本当にごく一部」。取材に答える茨城大の田内広教授(放射線生物学)は冷静だ。

 OBTの生物学的半減期は短いもので約40日、長いもので約1年。トリチウム水の約10日間に比べて長い。被ばく量をトリチウム水と単純に比較すると、OBTの方が2~5倍高いという。ただし、OBTも最終的には代謝で体外に出される。

 田内氏は処理水に関する政府小委員会の委員も務める。18年11月の小委員会でトリチウムがヒトに与える影響を田内氏が説明した資料がある。放射性物質を口から取り込んだ場合の被ばく量を推定した国際放射線防護委員会(ICRP)による数値だ。

 それによると、1個の原子が放射線を出した場合の被ばく量は、OBTよりセシウム137が約300倍、セシウム134が約450倍高い。生物には欠かせないカリウムの仲間で食品にも多く含まれるカリウム40もOBTより約150倍高い。

 だから、同じ濃度で比べれば、OBTによる被ばく量はセシウム137の300分の1。仮にOBTの濃度がセシウム137の100倍ならば、被ばく量の差は縮まる。

 田内氏は指摘する。「影響を考える上で大事なのは濃度」 

 トリチウムによる外部被ばくは無視していいレベルだし、内部被ばくの影響も自然界の濃度ならばとても小さい。ではトリチウムは安全なのか?

 「放射線に関して安全ということは言えない」。田内氏は一度たりとも安全とは言わない。一方で、「相当濃い濃度のトリチウム水でないと、DNAや遺伝子がぼこぼこ損傷するようなことは成立しない」と言い切る。しかし、こうした前提は一般には十分伝わっていない。

 放射性物質の濃度や被ばく量で影響を考える前提がないと、濃度にかかわらずトリチウムは危険だと話が誇張され、一般の人たちの恐怖心をやみくもにあおることにつながりかねない。

体内でのトリチウムの代謝