【エールのB面】金子の古里・豊橋を歩く 進歩的な生き方の『原点』

 
豊橋市の南に位置し遠州灘に面する伊古部海岸。美しい砂浜と迫力ある海食崖がそびえ、サーフィンスポットとして人気だ。「エール」のタイトル映像やメインビジュアルなどのロケ地となった

 朝ドラ「エール」のモデルである古関裕而の妻金子(きんこ)は愛知県豊橋市の出身だ。同市は江戸時代、城下町や東海道の宿場町として栄え、明治以降は陸軍の軍都として発展した。朝ドラ放送を機にこれまであまり分かっていなかった金子の研究も進み、生い立ちなどが明らかになってきている。古関を支えた金子の古里を訪ねた。

 誘客に手応え

 人口約38万人の豊橋市は東三河の中心地だ。江戸時代は吉田城を本拠にした三河吉田藩が置かれ、東海道の重要な防衛拠点として譜代大名が藩主を務めていた。養蚕・製糸業の歴史は古く、明治時代に本格的な製糸工場が設立されてからは全国有数の産地に発展している。また、明治以降に陸軍が駐屯するようになると、軍需産業が盛んとなり、旅館や商店なども増え、軍都を形成していった。

 福島市と連携して2016年から朝ドラ誘致を図ってきた。街を歩けば「エール」関連の旗などが目に入る。東海地方唯一の路面電車も「エール」のラッピング車両が運行するなど朝ドラ一色だ。一方で「ええじゃないか豊橋」というキャッチフレーズも目に付いた。聞けば、幕末に全国で流行した民衆が乱舞する社会現象「ええじゃないか」の発祥地とされているためという。理由を知ると、街行く人が不思議と明るく見えた。

 ロケは市内の伊古部海岸や吉田城址、築80年超の市公会堂、市外の小学校の旧校舎などで行われた。豊橋市シティプロモーション課主査の夏目崇匡さん(41)は「全国に魅力を発信できた」と手応えを語り「新型コロナウイルスの影響はあるが、朝ドラ効果は大きい」と振り返る。コロナ禍で事業は思うようにできず、もどかしさを感じるが、ロケ地を巡る観光客は順調に増えているという。

 中でも人気なのが「伊古部海岸」。アカウミガメの産卵場所として知られ、雄大な風景に目を奪われる。劇中では裕一(窪田正孝さん)と音(二階堂ふみさん)が話すシーンやタイトル映像などが撮影された。海岸に向かうと、サーファーや散策する人が目に入る。よく足を運ぶという自営業男性(61)は「伊古部海岸は地元の自慢。毎日朝ドラで放映されてうれしいよ」と笑った。

 老舗の味提供

 豊橋の名物にも注目が集まった。劇中に何度も登場する「みたらしだんご」と「豊橋ちくわ」は、どちらも老舗が提供した。まずは1876年創業の「餅菓子処 大正軒」を訪ねた。珍しい自動だんご焼き機を横目に、早速みたらしだんごを注文。たまりしょうゆを使った秘伝のたれが香ばしく、劇中の「関内家」が愛する味をじっくりと堪能できた。社長の若杉彰さん(64)は「うちのだんごは豊橋のソウルフードとして市民に愛されてきた。味を通して豊橋をPRしたいね」と意気込んだ。

 近くにある創業190年超の「ヤマサちくわ」の本店も訪ねた。重厚な雰囲気が漂う老舗ののれんをくぐり店内を見渡すと、「エール」にちなんだ装飾が多く、本県の物産も販売していた。それもそのはず社長の佐藤元英さん(61)は豊橋観光コンベンション協会長で、朝ドラ誘致活動に尽力した中心人物だ。「『エール』のおかげで福島を身近に感じているんだ」と佐藤さん。誘致活動以降、福島と豊橋の交流は活発化した。「地方と地方が結び付けば新しい価値が生まれると確信した」と都市間交流に希望をにじませた。

 個性を大切に

 金子が生まれた内山家は陸軍第15師団(現・愛知大)の近くにあったが、生家の面影は全くない。金子が当時としては珍しい進歩的な考えを持つ女性に成長した理由は何だったのだろうか。豊橋市図書館を訪ね、郷土史に詳しい主幹学芸員の岩瀬彰利さん(57)に話を聞いた。すると尋常高等小学校を経て入学した「豊橋市立高等女学校」(現・豊橋東高)の教育が影響したとの答えだった。

 岩瀬さんによると、同校はプロの音楽家を呼んで生徒に聞かせるなど先進的な教育で知られた。加えて、「良妻賢母」を目指すのが当たり前の世の中で、同校は「女性は家庭婦人でなく、社会の人として自ら世の進歩と共に歩む」との教育方針だった。「きっと金子は個性を尊重し、自分の求めることを第一にする考えに感銘を受けたのでしょう」

 金子が古関に送った手紙には、在学中に声楽家として自立を志したと記している。金子の原点に触れた気がした。

 【もっと知りたい】ドラマ化機に研究進む

 豊橋市で朝ドラ誘致が始まるまで古関裕而の妻金子(旧姓内山)はほぼ知られていなかった。豊橋市図書館の岩瀬彰利さんが金子について丹念に調べた。

 豊橋市には内山家を知る手掛かりはほぼなかった。6月になって豊橋市の隣の新城市にいる父方の親戚が名乗り出たことで生い立ちなどの調査が進展していった。家系図によると、金子は1男6女きょうだいの三女とされてきたが、実際は早世の姉妹が4人おり、1男10女の六女だった。

 朝ドラで内山家がモデルの「関内家」はキリスト教徒だが、実際は仏教徒。劇中、音は豊橋の教会で賛美歌に触れ、音楽に目覚める設定だった。これは金子と音楽の出合いが当時は分からなかったためとみられる。岩瀬さんは「女学校での音楽の出合いを伝えていれば別の脚本になっていたかも」と語った。

 謎多き金子の生涯については、10月1日発売の岩瀬さんの新刊「豊橋生まれの声楽家・古関裕而の妻 古関金子」が詳しい。県内の岩瀬書店でも販売される。店頭で予約受け付け中。