【安達ケ原の鬼婆伝説】二本松・観世寺 悲しみに負けた「人の姿」

 
阿武隈川沿いにある鬼婆の墓とされる黒塚

 漫画「鬼滅の刃(きめつのやいば)」の大ヒットにより、各地の鬼伝説に注目が集まっている。県内で有名な鬼伝説といえば二本松市に残る「安達ケ原の鬼婆(おにばば)伝説」。鬼婆を葬った塚の名から「黒塚」の題名で能、「奥州安達原」の題名で歌舞伎、浄瑠璃としても親しまれてきた。その後はオペラやテレビドラマにもなり、漫画家手塚治虫は「安達が原」のタイトルで舞台を未来に変えてSF短編漫画に仕上げている。派生作品が次々と生まれ、現代の作家にも影響を与え続ける理由はどこにあるのか。

 時空を超えて

 奈良時代、都で病身の姫に仕える乳母が、妊婦の生き肝を飲ませれば治るという易者の言葉を信じ、安達ケ原の岩屋にたどり着く。ある日、夫婦が岩屋に一夜の宿を求め、身重の妻が産気づいた。夫の不在時に妻の生き肝を取ったが、その妻は生き別れた娘と知り、鬼と化す。鬼婆は数年後、熊野の僧により観音像の力で退治された。

 作家の夢枕獏(ゆめまくらばく)さんは鬼婆伝説を下敷きにしてSF長編小説「黒塚 KUROZUKA」(集英社文庫、単行本は2000年刊)を書き上げた。

 物語は12世紀末の安達ケ原で幕を開ける。奥州に落ちのびた源義経が謎の美女と出会い、一緒に逃亡生活を始めることになった。二人の逃亡は明治期、昭和期、未来へと続き、一千年の時空を超えて壮大なスケールで展開していく。

 執筆の経緯を夢枕さんは「舞台関係者からの『能の黒塚を現代風にアレンジした台本を書いてほしい』という依頼がきっかけだった」と明かす。

 「手塚さんの『安達が原』が好きだったこともあり引き受けた。戯曲の依頼で動き始めたという点で、私にとって異質な作品であり印象深い」

 いったん小説にしてから戯曲にしようと考えていたら「短編のつもりが足かけ4年の長期連載になってしまった」と夢枕さんは笑う。舞台の話はいつの間にかなくなったが、単行本の刊行後に漫画化(02~06年)とアニメ化(08年)がされるなど反響は大きかった。

 原型となる鬼婆伝説の魅力は「恐怖と悲しさの二重性」と指摘する。「旅人が夜中に目を覚ますと老婆が包丁を研いでいるというイメージの怖さがあり、それだけではなくて人間が年をとって誰からも相手をされなくなる老いのはかなさや残酷さもしっかり描いている」

 代表作「陰陽師」シリーズにも鬼を登場させている夢枕さんにとって、鬼とは「悲しみに耐えられなくなった人間がなってしまう存在」と話す。「戦争や災害、男女間のもつれなど、さまざまなやるせない出来事と遭遇したとき、悲しみに負けると人は鬼になる。現代に置き換えると大きな悲しみに直面した人がテロリストに転じてしまう感覚に近いのかもしれません」 

 大きな愛描く

 福島大教授で美術家の渡辺晃一さんは東日本大震災後、鬼婆伝説をダンスパフォーマンスと映像作品で表現する「『黒塚』発信プロジェクト」を企画した。第1弾の映画「黒と朱(あか)」(2014年)では、渡辺さん制作の漆を用いた美術作品を映し、ダンサーの平山素子さんが鬼婆とその娘を演じた。

 鬼婆への興味は浮世絵師、月岡芳年(よしとし)の「奥州安達がはらひとつ家の図」(1885年)を所持したことがきっかけで始まったという渡辺さん。プロジェクト発足時の心境を「地方と中央の関係を描きたかった」と振り返る。「都から東北へ妊婦の生き肝を取りにくる物語は、地方と大都市圏の『供給・消費』の関係を暗示する。福島の現状にもつながると考えた」

 物語の起源については「地形が関係しているのではないか」と分析する。「阿武隈川は黒塚を起点に岩が多くなり蛇行も激しくなる。船の移動だとそこから先は行けない。それが『鬼のいる場所』と呼ばれる由来なのかもしれません」

 とはいえ、民話にしてはあまりに描写が残酷すぎるのではないか。そう問いかけると渡辺さんは「それは大きな愛を描いているから」と語った。「発端は乳母として育てた姫を救うためだった。自分の娘を手にかけた後も大きな愛があるために常軌を逸した。単純な怪談話ではない。そこに人の精神を揺さぶる何かがあり、だからこそ千年以上も語り継がれている」

 鬼婆の岩屋が残る観世寺には、鬼婆が使ったと伝わる包丁などが陳列される。寺近くの阿武隈川沿いには黒塚がひっそりとたたずみ、その石碑の前には大量の小銭と一緒に人気の炭酸栄養ドリンクも置かれていた。鬼婆の悲しみは今も人々の心を打ち続ける。

二本松・観世寺

 【観世寺】奈良時代前期の726(神亀3)年、阿闍梨(あじゃり)(高僧の意)の東光坊祐慶(とうこうぼうゆうけい)が開基。境内には鬼婆の住んだ岩屋や鬼婆の石像、宝物館には鬼婆が使ったとされる出刃包丁などが陳列されている。松尾芭蕉、正岡子規が参詣した。

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 【夢枕獏】1951年、神奈川県生まれ。東海大文学部卒。77年、作家デビュー。「キマイラ」「サイコダイバー」「陰陽師」などのシリーズ作品で人気を集める。89年「上弦の月を喰べる獅子」で日本SF大賞、98年「神々の山嶺」で柴田錬三郎賞、2011年「大江戸釣客伝」で泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、翌年に吉川英治文学賞、17年に菊池寛賞を受賞。18年、紫綬褒章を受章。

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 【「黒塚」発信プロジェクト】県立博物館と県内団体が連携し、地域の文化を愛する心を育んで福島の課題や現状を発信する「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」の一環。2014年に映画「黒と朱」、15年に映画「黒と光」、16年には「闇の光」の舞台作品と映像を制作した。