【映画・恋愛奇譚集】天栄村 かけがえのない時間、誰もが村に恋を

 
羽鳥湖西側に位置する浮桟橋。物語の重要なポイントとなった

 田舎の高校に、台湾から交換留学生の女の子がやってきた!

 名前はヤン・ユーウェン。透き通った目をした、長い黒髪の少女だ。さあ、彼女を巡りどんな青春群像、いや、恋愛模様が繰り広げられるのか―。こんなベタな妄想を見事に打ち破る映画が2016(平成28)年5月、天栄村で撮影された。タイトルは「恋愛奇譚(きたん)集」。17年2月に公開された。奇譚集? 恋愛にまつわる不思議な物語たち、ということか。

 この映画は県が制作費を支出した前代未聞? の試みだった。震災と原発事故の風評が続く中、本県の現状や魅力を広く発信するのが主な狙いだ。移住・定住促進事業に注力する一方、基幹産業の農業や観光業に打撃を受けた村にとっても撮影は格好の機会だ。物語の鍵となった羽鳥湖に豊かな自然、温泉地やリゾート施設を備えた村の環境は、ロケ地としても適していたという。

 風景が重なる

 だが、行政の広報映像を作っても面白くない。「新進気鋭の若手監督に自由に映画を撮ってもらう」。これが制作の一貫した姿勢だ。監督には当時20代で売り出し中の倉本雷大(らいた)氏を起用。倉本氏の声掛けで、ユーウェン役に台湾の女優ヤオ・アイニンの出演が決まった。主役として天栄村出身の和田聰宏(そうこう)が凱旋(がいせん)、ヒット作に引っ張りだこの福田麻由子ら実力派俳優陣がそろった。主題歌「漂白」はブレーク直前のシンガー・ソングライターあいみょんが提供。センスと先見の明が光る布陣である。だがDVDが市場に出回っていない。関係先に問い合わせると、村生涯学習センターや湯本支所で貸し出しているという。ホッ。

 「私は恋愛を信じない。だって恋愛している人は、どこかばかに見えるから」。映画はユーウェンの"アンチ恋愛宣言"で幕を開ける。ホームステイ先の古川酒造3代目・涼太(和田)や同級生とかみ合わないのは、言語だけの問題ではなさそうだ。そして、通学路の田んぼで出会った、赤いコートを着た少女ユリ(福田)。幽霊だという。「言葉が通じない」「存在を認知してもらえない」。「私たちのこと」と笑いながら二人が眺めている文庫本はカミュの「異邦人」。「どこか私は異質だ」。その感覚を誰かと共有することに喜びを見いだしてしまう思春期特有の"症状"が胸を打つ。

 田植えシーズンの撮影とあって村の緑は深い。コートの赤色も映える。何げない田園風景が初夏の日差しや夕映えで表情を変え、役者を包む。4Kカメラによるこだわりの映像美だ。撮影と同時期の村を訪れると、現実と作品のはざまに迷い込んだようで面白い。峠を越え、羽鳥湖に向かう。ここで和田はボートから水中に飛び込む体当たりの演技を披露した。湖の縁を走り、西側に船着き場へと続く浮桟橋を見つけたが、現在は老朽化のため立ち入り禁止という。

 まるで文化祭

 「村を挙げた文化祭みたいだったね」。ロケ地の一つで撮影隊の拠点となった「ひのき風呂の宿 分家」のおかみ星千佳子さん(52)は、撮影期間の約10日間をこう振り返る。「役者さんたちがいろりを囲んでお茶やお酒を飲んだりと和気あいあい。朝から晩まで大変だったけど、楽しかったな」。宿主の光さん(63)は目を細め、活気ある撮影風景や、ヤオとあいみょんらが宿を訪れた際の写真を見せてくれた。「行ってきまーす」「ただいまー」。宿には元気な声が響いた。過酷な撮影を乗り切ってもらおうと、朝食や夜食を用意。季節の山菜を使った郷土料理は好評だったという。ただ「和田さんがびしょぬれで帰ってきたときは驚いた」とお二人。羽鳥湖の撮影だ。冷え込んだ日だった。「寒い寒い」と風呂に直行した和田。「あす続きを撮るんです」とぬれた服を袋に入れる担当者。「役者さんてのは大変だね」。二人は懐かしそうにほほ笑んだ。

 現場でも、制作実行委事務局の村ふるさと夢学校や地元有志が村産品をふんだんに使った料理で撮影隊をもてなした。期間中は雨が降らず、にわか雨のシーンは消防団のポンプ車を活用。車や道の整備は村の建設業者会が協力した。夢学校の村田美章さん(47)は「村が一丸となった日々。作品を通して村の魅力を再発見できた」と話す。

 古川酒造のモデルとなった松崎酒造。社長の松崎淳一さん(63)は制作実行委員長として撮影を見守った。季節外れのかかしの登場、墓地を撮りたいとの注文に「?」を浮かべていたが、完成品を見て納得したという。さらに、涼太が酒造りをする場面があるが、実は5月に作業はしない。「だから涼太が酒を混ぜるシーンは、和田さんが回す棒を蔵人が空のタンクに入って握っていた」と明かす。映画用に「天夢(てんのゆめ)」というラベルも作った。「映画に絡めて出したら売れますね」と問うと、松崎さんは「ちょっと考えたけどね」と笑った。

 台湾に帰るためバスに乗るユーウェンに、涼太は中国語で「またな」と声を掛ける。「またね」とユーウェン。きっと「また」はないのだろう。「人が恋する理由を知ってる? それは出会った人々を忘れないため。また思い出すため。だからきっと、私はまた恋をするよ。どんなにばかばかしくてもね」。ユーウェンの独白だ。ジャンジャンチャッ ギターの小気味よいリフに乗せて澄んだ歌声が帰りの車内に響く。村での時間が心を「漂白」する。車窓から流れる村の光景を後に、街へ戻って思う。かけがえのない時間を通し、きっと誰もが天栄村に恋をした。(一部敬称略)

【映画・恋愛奇譚集】天栄村

 【あらすじ】交換留学生として台湾から天栄村の高校にやってきたユーウェン。ホームステイ先の古川酒造3代目の涼太とうまく対話できず、日本に来た確かな理由も見つけられずにいた。

 彼女はある日、通学路脇の田んぼで赤いコートを着た謎の少女ユリと出会う。なぜかユーウェンが話す中国語を理解するユリの姿は、どうやらほかの人の目には映らないよう。似たような寂しさを抱える二人。打ち解ける中、ユリのかつての恋人が実は涼太であることが分かる。

 涼太の同級生で元アイドル歌手の彩子、親の事情で村に越してきた少年、写真館を営むユリの父親、ユーウェンと同じクラスの光孝や香織など、それぞれの感情が微妙に交差し、物語は思わぬ方向へと進んでいく。

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 【仕掛け人】映画制作の裏には仕掛け人がいた。元新聞記者の沼田憲男さん(73)=横浜市=だ。2014(平成26)年春、本県の風評を伝える記事を読んだ沼田さん。「福島を救いたい」との思いに駆られ、現役時代から培ってきた縁を生かし、大いなる「おせっかい(本人談)」に乗り出す。

 沼田さんが制作のいきさつを記した「『メイド・イン・フクシマ恋愛映画』誕生物語」(方丈社)は、映画をPRしようと公開の17年2月に出版された。復興に向けた沼田さんの提案を受け、予算獲得に奔走する県の担当者、次々と降りかかる難題に挑む沼田さんたち、舞台となった天栄村の人々の惜しみない協力―。一つの目標に向かって奮闘する関係者の姿を映画さながらに活写した一冊だ。

 「一人一人が自然に福島の問題を自分のこととして考え、自ら使命を果たした」と振り返る沼田さん。成功の秘訣(ひけつ)に「よそ者を温かく迎えてくれる村の文化」を挙げ「主役はやっぱり村なんだよ」と語った。