【映画・秋桜】本宮市、大玉村 「まかれた種」最後に大きな花咲く

 
撮影場所の一つとして使われた本宮市の安達太良川のふれあい橋付近。コスモスが映るシーンでは、即席のコスモスの花壇を作り、撮影が行われた

 「親の背を見て子は育つ」とはよく言ったものだ。本宮市と大玉村が撮影地となった映画「秋桜(コスモス)」(1997年公開、すずきじゅんいち監督)は、映画を愛する母親たちの背中を見て育った子どもたちが、大人になって製作した映画だ。

 企画したのは本宮市(当時は本宮町、白沢村)と大玉村の青年経済人でつくる、もとみや青年会議所(JC)。経緯を聞こうと、当時理事長を務めた根本昌明さん(63)を訪ねた。

 分裂の危機に

 映画は、同JCの設立10周年記念事業の一環で製作したという。原点はメンバーの子どものころの思い出。「小学生の時、私たちは毎月、地元の映画館で映画を見させてもらっていた。映画を通して思いやりや協調性を教えてもらったんだよ」と根本さんは振り返る。

 旧本宮町では、1956(昭和31)年ごろから「本宮方式映画教室運動」として、母親や教師らが映画を選び、子どもと鑑賞する活動に取り組んでいた。さらに65年には、その母親たちが、映画「こころの山脈」(吉村公三郎監督)を製作し、大きな話題を呼んだ。

 JCメンバーのほとんどは映画教室の参加者。「こころの山脈」に出演したメンバーもいた。そこで「自分たちも地域に残るものを届けたい」と、本宮方式映画の「第2世代」として、映画製作に動きだしたのだという。

 「ただ一筋縄ではいかなかった」と根本さんは笑う。映画製作に取り組んだのは96年。初めは製作費約500万円で南達地域(本宮市、大玉村)の風景にストーリーを交えたビデオ映画「みずいろの風に抱かれて」(仮称)を製作する予定だった。

 そこから、テレビ局の関係者を通じ映画監督を紹介されたことから、映画製作へ。同年4月にすずきじゅんいち監督と、製作費2000万円で契約した。

 課題となったのは資金づくりだった。6月下旬には突然「4000万円で劇場用の映画を作る」とすずき監督から打診された。膨張していく製作費にJCはもめにもめたという。現役メンバーやOBからは「まんまと映画業界に引きずられている」「会議所がそんな大金払えるのか」と否定的な声も多くなり、分裂の危機に陥った。

 やるか、やらないか―。決断を迫られ、迎えた8月の理事会は紛糾した。36時間ぶっ通しで話し合った結果、メンバーたちは「中途半端に投げ出せない」「完成させたい」と腹をくくった。そして全67人は、一人一人が賛成・反対の意思表示をした。

 根本さんは「反対メンバーが危惧する課題を一つ一つクリアすることで、成功へのステップを上がっていくことができた。それがなかったら完成しなかったかもしれない」と感慨深げに語った。

 脚本は、すずき監督の手によるオリジナルで、エイズ問題がテーマの「秋桜」となった。南米で事故に遭い、輸血によってHIV(エイズウイルス)に感染した明子(小田茜)が、故郷の本宮に戻り、親友の夏実(松下恵)と2人で、周囲の偏見と闘い、立ち向かう姿を描いた物語。「エイズのまちと言われる」と、からかう人もいたが「避けられない課題に正面から取り組んでいくのがJCだ」と関係機関に承諾を得て、撮影へとこぎ着けた。

 消防団が放水

 9月14日に出演者が本宮に集まり、撮影が開始された。10月6日までの23日間、南達地域でオールロケが敢行され、本宮高や大天狗酒造、谷病院、ふれあい橋などが撮影の舞台になった。雨のシーンでは、地元の消防団が協力し放水した。同JC映画製作事業の副委員長として撮影に同行していた木下幸英さん(60)は「小田さんや松下さんが全身ずぶぬれ。消防団には水滴の大きさまで注文がいっていたよ」と懐かしむ。

 また映画には、地域住民の協力が欠かせなかった。撮影場所には地域住民がサポートに訪れ、炊き出しやセットの整備などに取り組んだ。夏実が差別や偏見への思いを訴える一番の見せ場の撮影には、台風が直撃する悪天候の中、本宮高生や地域住民ら約1500人がエキストラとして本宮高に集まった。

 映画が公開された97年、東京での試写会には小泉純一郎厚生相(当時)ら著名人が駆け付けた。地元本宮での上映会も満杯になった。全国公開されると、製作の試みは「新もとみや映画方式」と呼ばれ、注目を集めた。

 それは、母親たちがまいた種が、実を結んだ瞬間でもあった。根本さんは「みんなが郷土を愛し続けたことで、最後に大きな花を咲かせることができたのだと思う」と話した。(一部敬称略)

【映画・秋桜】本宮市、大玉村

 【本宮市街地までのアクセス】最寄り駅は、JR東北線・本宮駅。各ロケ地は同駅から徒歩で約30分以内の距離に点在している。東北道・本宮インターチェンジからは車で約15分。

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 【あらすじ】南米で事故に遭い、輸血によってHIVに感染した17歳の女子高生明子(小田茜)が、母親(夏木マリ)と一緒に故郷本宮に帰ってきた。転入した本宮高では、7年ぶりに再会した親友夏実(松下恵)と文化祭に向け、コントのコンビを結成する。だが明子の体は少しずつ病に侵されていく。文化祭の舞台に1人で立つ夏実に、心ないやじが浴びせられる。夏実は、明子の心中を必死に訴え掛けると、やじは消え、観客からたくさんの拍手が湧き起こる。夏実がコスモスの花を抱えながら病院に着くと、大好きな安達太良山を見ながら明子は息を引き取る。明子からの手紙を読み、夏実は強く生きていこうと決意する。

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 【製作費用】映画の製作費用は500万円から2千万円、4千万円と跳ね上がり、最終的には1億1千万円となった。その過程で出資会社が増え、もとみやJCや日本テレビ放送網、すずきじゅんいち監督の会社など6社で「『秋桜』製作委員会」がつくられ、6社で製作費を分担した。同JCは、自主財源のほか個人や事業者からの協賛金、旧本宮町、旧白沢村、大玉村からの補助金などで計1300万円を出資した。協賛金集めは映画撮影の合間を縫ってメンバーが奔走。協賛金の協力者は約400件近く集まり、映画のエンドロールで紹介された