脳卒中について。その40 【第5のリスク】アルコールと脳の関係

 
福島県立医科大学医学部大学院卒、医学博士号を取得。同大学附属病院から総合南東北病院、福島赤十字病院、原町市立病院等にて勤務し1996(平成8)年4月から公立藤田総合病院脳神経外科、2008年4月より同病院副院長。専門は脳血管障害の診断と外科治療。日本脳神経外科学会専門医・指導医、福島県立医科大学医学部臨床教授。

 前回、お酒を飲むと気分が晴れる感じがする理由は、アルコールが理性をつかさどる中枢の働きを抑え、感情、衝動、食欲などの本能的な要素をつかさどる大脳辺縁系の働きが活発になり、精神が高揚し、気分が晴れ晴れする感じになるからとお話ししました。今回は、いったん、脳卒中から離れて、アルコールと脳との関係についてお話しします。

 1.アルコールと脳萎縮

 飲酒用のアルコールは、正式にはエチルアルコールという薬物です。薬なので当然、効果と副作用がありますが、そこを理解せずに、おいしいから、あるいは飲むと楽しくなるから飲んでいる人が多いようです。

 アルコールの効果には、前述したように精神面への作用があります。脳内には情報のやりとりを担っている神経伝達物質がありますが、この物質の受け皿(受容体)とアルコールが結びつき、不安が消えたり、やる気が出たり、苦痛がとれて多幸感が増す効果があります。アルコールは脳ととても親しいのですが、連日の飲酒で終始アルコール漬けになっていると、脳の細胞はだんだん縮んでいくという、負の効果があります。これを脳萎縮といいますが、CTやMRI検査で調べてみると、脳萎縮は大脳の前頭葉に多くみられます。

 前頭葉というのは、物事の判断や意志決定に関係するなど、最も高等な精神の中枢ですから、そこに脳萎縮が起きると正しい判断ができにくくなります。脳の司令塔ともいわれる前頭葉が侵されると、認知機能が低下します。次第にまともな判断力などを失い、感情のコントロールが利かなくなって本能のままに行動してしまいます。すると「飲みたいから飲む」というように飲酒量が増え、ますます症状が進行してしまうという負のループに陥ります。

 2.アルコールと認知症

 アルコールは飲み続けることで耐性ができて、だんだんその効果も弱まってきます。すると酒量が増えてしまい、多量の飲酒が続くと脳や臓器に障害を与えます。これがアルコールの副作用です。一番影響を受けるのは、肝臓と脳になります。脳の海馬が侵された場合には、新しく体験したことを覚える力が失われます。特に高齢者は、加齢によって脳の機能が低下しているところにさらに多量のアルコールを摂取することで脳の萎縮が進み、認知機能が低下することが知られています。前頭葉を中心に侵されるので注意力や記憶力が低下したり、感情のコントロールが利かなくなったりします。これが広義の「アルコール性認知症」です。

 脳萎縮は前頭葉だけでなく、記憶や空間認知に関係する海馬にも及びます。海馬萎縮のリスクは、アルコールを飲まないグループと比較すると、週30ドリンク(1ドリンクはアルコール8グラム。これは、アルコール度数5%のビール200ミリリットルに相当)以上の多量飲酒グループで5・8倍、また、週14~21ドリンクの適量飲酒のグループでも3・4倍となっています。

 アルコール性認知症の原因は、大量飲酒ですので、高齢者だけでなく、若い方でも発症します。でも、安心してください。長期間断酒すれば、脳萎縮は回復することもあるそうです。アルコール性認知症の主な症状は図1の通りです。飲酒の習慣があり、酒量の多い方で、この中の一つでも当てはまれば、認知症の可能性、あるいは今後認知症になっていく恐れがあります。

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 図2では飲酒量と認知症の関係を見たものです。350ミリリットルのビール1本相当を1本としています。また認知症の危険性とは、飲酒しない人が認知症になる危険性を1とした場合に、各飲酒量でどの程度認知症の危険性が増減するかということを示します。このように週に1~6本程度の飲酒が認知症の危険性が最も低いという結果で、飲酒しないまたは大量飲酒する人より少量飲酒する人のほうが認知症の危険性を下げる、言い換えれば少量飲酒は認知症の予防になる可能性を示唆しています。しかし、それ以上飲酒する方は、認知症発症のリスクが増加します。そしてご注意いただきたいのは、元々飲酒する習慣がない人が飲酒した場合に認知症を予防するという証拠はどこにもないということです。

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 3.節度ある適度な1日の飲酒量

 日本の厚生労働省は、健康の維持向上をはかるための基本方針である「健康日本21」では、「節度ある適度な飲酒」を、1日当たり純アルコール摂取量で20グラム程度(図3)、女性は男性よりも少ない量(2分の1~3分の2)が適当としています。アルコール摂取量が男性で40グラム以上、女性で20グラム以上になると「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」になります。この量を飲んでいる割合は2014年、男性で15・8%、女性で8・8%という統計が出ています。そして、2022年度は男性13・0%、女性6・4%まで下げることが目標になっています。

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