今回は、前回掲載した高次脳機能障害とは別の精神症状のひとつで、脳卒中後に発症してくる「うつ」についてお話しします。
1.脳卒中後のうつとは
脳梗塞や脳出血などの脳血管障害を発症した後に、うつ病としての診断基準にあったもののことです。脳卒中後うつは、大うつ病性障害(程度が重いもの)と小うつ病性障害(程度が軽いもの)、その混合とに分類されます。
2.大うつ病性障害、小うつ性障害の分類
脳卒中後にほとんど一日中・毎日の抑うつ気分(憂うつだ、気分が沈む・重いなどの気分)、または活動における興味や喜びの喪失(楽しいはずの事にも何の感情も持てない、趣味などへの興味がなくなる、閉じこもりになる、これまで習慣として行っていた事もしなくなるなど)があり、これに
① 食欲または体重の減少
② 睡眠障害
③ 精神運動性活動の焦燥(じっとしていられない)または制止(思考停止状態)
④ 疲れやすさまたは気力の減退
⑤ 無価値感や罪責感
⑥ 思考や集中・決断の困難
⑦ 死について繰り返し考えること、自殺念慮
のうち少なくとも4つを体験していると「大うつ病」が疑われ、2~4つ当てはまる場合は「小うつ病」が疑われます。
3.脳卒中後のうつの頻度、危険因子
一般的に日本人では内因性(遺伝や脳の素因からくる)うつ病の生涯有病率は6・7%と報告されています。また、糖尿病などの生活習慣病や悪性腫瘍がある方は頻度が増加し、糖尿病患者さんではうつ病になる頻度が16%、悪性腫瘍の患者さんでは15%といわれていますが、脳卒中の患者さんでは、約30%の方がうつ病を経験すると報告されています。
脳卒中後うつは、なぜこれほど高い率で発症するのでしょうか。人には精神的ストレスが加わると対処する能力が備わっています。しかし、脳卒中により脳の特定の領域が障害されると、気分や感情に関係する部位が影響を受けて、徐々にストレス適応力が低下し、抑うつ状態になることに原因があるといわれています。
さらに、脳卒中になった方は、糖尿病などの生活習慣病を既往に持っている方が多く、危険因子が重なることにもなります。また、内因性うつ病の既往のある方や遺伝的素因のある方も脳卒中後うつになる確率が高くなったり、重症化しやすくなったりする特徴があります。
4.脳卒中後のうつに対する心理的要因
脳卒中になると運動障害や知覚障害、言語障害、体力低下などの身体的変化が生じます。そこで生活環境は変化し、それがストレスとなり、うつ状態につながることがあります。これまで当たり前にできていたことができなくなること、さらにボディーイメージ(人が身体に持っている認識)が変化すること、自尊心の低下、そして種々の喪失が大きな心理的負荷になり、いら立ちやうつ状態の要因となります。ここでいう喪失は、自分自身の身体機能や身体の一部を失うなどの喪失と周囲の環境や自身の地位・役割が変化したり、失われたりすることが挙げられます。
また、介護者や家族との関係が変化してストレスになったり、職場復帰の問題など社会的な要因もストレスになったりします。脳卒中後のうつは脳卒中発症3カ月後にピークとなり、急性期は否認や怒りなども含めたいろいろな感情が生じるのは当たり前であり、いかに本人のペースで思いを表現できるような環境を作れるかが大切になります。脳卒中後のうつにはこれらの要因が複雑に絡み合っています。
内因性うつ病は一般に朝、調子が悪く、午後、夕方になってくると軽快するといった日内変動がありますが、脳卒中後のうつはあまり日内変動がなく、一日中調子が悪い、意欲が出ない、ほとんど何もしたがらないなどの症状が続きます。
また、内因性うつ病の場合には、自殺念慮などの抑うつ気分、興味・喜びの喪失が中核ですが、脳卒中後のうつでは、自殺念慮、強い悲哀感などの抑うつ気分はあまり見られず、意欲低下、無関心、焦燥感が多く見られたりするとの報告もありますが、別の報告では両者には差異はなく、区別がつかないとしています。
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次回は、脳卒中後のうつになった場合の治療法についてお話しします。