いわき市南部の勿来地区で、半世紀以上にわたり地域住民に愛される「天婦羅(てんぷら)・とんかつ 天宝(てんぽう)」。瓦屋根の趣ある建物が特徴の老舗店だ。昼時にはボリューム満点でバラエティーに富んだ料理を求める客であふれかえる。2代目店主の船山康仁さん(56)は「お客さんには毎回満足してもらいたい。笑顔で帰ってもらえれば幸せ」と声を弾ませる。
店は53年前、康仁さんの父道夫さんが玩具店から看板替えし、産声を上げた。現在は康仁さんと妻直美さん(57)を中心に6、7人で切り盛りする。スーツ姿の会社員や作業員、家族連れが多く訪れるなど、幅広い世代からの支持を得ている。年配の客も多く、中には4世代にわたる顔なじみの常連客もいるという。茨城県との県境に立地していることもあり、同県日立市などから通うファンもいるほどだ。
屋台骨の2品
開店後しばらくは、天ぷらとトンカツのみを提供していた。その後、お客を飽きさせたくないとの思いからウナギ料理やそば、うどんなどさまざまなメニューを考案。具材の質や大きさなどにこだわり、広島県から取り寄せたカキを使った「牡蠣(かき)フライ定食」や「鍋焼うどん」などが高い人気を誇る。2年前にはタッチパネル式のメニュー表を取り入れるなど、時代に沿った経営を心がけている。建物は改築を重ねながらも、基本的には開店当時の屋台骨を維持する。
いわき市小名浜で生まれた康仁さんは関東の大学を卒業後、地元企業に就職。20代後半の頃、母親が体調を崩したことなどをきっかけに退職し、店に入った。店は物心ついた頃に始まり、高校時代には手伝いもしていたことから「店があり、お客さんがいるのが日常の光景だった。脱サラに迷いはなかった」と振り返る。康仁さんが30代前半の時に代替わりし、現在までその歩みを刻んでいる。
直美さんと結婚し、1男1女に恵まれ、店舗経営も順調だった。しかし、東日本大震災が状況を変えた。勿来海岸に程近い場所に立地する店は、幸い津波の被害を受けることはなかったが、建物は半壊。東京電力福島第1原発事故の影響もあり、客足が遠のいた。
研究のため外食
しばらくの休業を経て、水道が止まらなかったことなどが奏功し、勿来地区の飲食店では最も早い再開にこぎ着けた。「困っている人も多いのは明らか。他がやっていないのなら、うちがやらないと」。康仁さんの気持ちに応えるように客足が戻り、感謝の言葉もかけられた。
店が休みの日には可能な限り外食し、他店の味を研究するなど、食に関して日々学びを深める康仁さん。おいっ子は昨年、都内で焼き鳥店を開業し、大きな話題を呼んだ。長女も以前、調理師系の専門学校で学ぶなど「根っから料理人気質の家系なのかもね」と康仁さんはほほ笑む。コメ価格高騰などの影響もあり、店の経営は決して楽ではない。しかし「料理の質、量は絶対に落としたくない」。強い信念を持ち、康仁さんはこれからも人々のおなかと心を満たしていく。
■住所 いわき市勿来町四沢清水29の1
■電話 0246・65・4567
■営業時間 午前11時~午後2時、午後5時~同8時
■定休日 火曜日(不定休あり)
■主なメニュー
▽鍋焼うどん=1780円
▽天婦羅定食=2300円
▽天ざるうどん・そば=1950円
▽ロースかつ定食=1450円
▽牡蠣フライ定食=1900円
歴史見守る松の木
店舗入り口付近で、優雅に来店客を迎え入れる松の木。店を始める際、船山康仁さんの父道夫さんが開店を記念して植えたという。純和風な店構えに合い落ち着いた雰囲気を醸し出す。「特に手入れはしていない」というが、店の歴史を静かに見守り続けている。