人生の新ステージは多忙だった。 神奈川県の川崎市職員として1981(昭和56)年から働いた。市役所の寮に住み、職場は等々力緑地に近い小学校で、事務の仕事をした。仕事を覚えつつ、大学進学に向けた受験に備え、練習も怠らなかった。大学に進めば授業の時間が新たに増える。時間を有効に使うことがいかに大事かを痛感した。 悩んだのは進学先選びだ。条件は、移動時間短縮のため職場から近く、夜間部があり、箱根駅伝の...
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