【新まち食堂物語】柏屋食堂・本宮市 秘伝のたれと信念守る

 
手際よく名物のソースかつ丼を仕上げる恵津子さん。毎日、恵津子さんがたれの味を確認する(石井裕貴撮影)

 本宮市の「柏屋食堂」は創業120年を超える老舗だ。店の看板メニュー「名代ソースかつ丼」のファンは全国各地におり、開店前に長蛇の列ができるほどの人気ぶり。店が誇る逸品だが、創業当初のメニューに「ソースかつ丼」の名前はなかった。調理場をまとめる5代目の松山恵津子さん(76)は「ソースかつ丼の始まりは3代目のころ。ルーツは福井県と聞く」と語る。

 創業は明治時代。当時、本宮市は養蚕業が盛んで、取引場となっていた「桑市場」に多くの商業者が集まっていた。創業者の松山為松が桑市場の休憩所として「為茶屋」を開いたのが始まりだった。「詳しい創業は分からないが、1903年ごろには店があったと聞いた」と恵津子さん。当初は手軽に食べられるラーメンやうどんのほか、肉丼などを提供していたという。

 80年間継ぎ足し

 「福井のソースかつ丼を知ってるか。あれはうまいぞ」。ソースかつ丼誕生のきっかけは競輪選手だった3代目、栄さんの兄弟の一言だった。栄さんが本格的に味の研究を始めたが、若くして他界。長女で4代目のハツさんがソースかつ丼のたれの基本を築き、恵津子さんがレシピにまとめた。たれは約80年間継ぎ足しており、レシピは恵津子さんら家族しか知らない。現在、ソースかつ丼は多い日で600食の注文があり、しょうゆのようなさらっとした舌触りと、くどくない甘辛い味付けが来店客の心をつかんでいる。

 2019年の東日本台風で、伝統のソースかつ丼が存続の危機にさらされた。店舗が2・47メートルの床上浸水の被害を受け、調理場のある1階は全て泥水にまみれ、秘伝のたれや肉が詰まった冷蔵庫、食器などは床に散乱した。「ああ、もう駄目だ。取り壊しだ」。惨状を目にした恵津子さんは廃業を覚悟したが「みんなで片付けてもう一回スタートしましょう」と、従業員が恵津子さんを支えた。再オープンに向けて一番の難題はたれの確保だった。手元に残ったたれは自宅などに保存していた1・8リットルのペットボトル2本のみ。「不安だったが、やるしかない」と恵津子さんが必死にたれを継ぎ足していった。当初、電気は通らず、水も出ない状況だったが、従業員や地域の力を借り、被災から約1カ月半後の11月29日に再オープンした。常連客から「いつもと変わらない味で安心した」と声をかけられ、恵津子さんの目から涙がこぼれた。

 「従業員は家族」

 昨年11月29日、思い出が詰まった店舗から約50メートル離れた場所に新たな店を構えた。「老朽化で店を移したが、みんなが付いてきてくれた。20年以上働いてくれている従業員もいる。もう家族だよね」と恵津子さんは笑う。恵津子さんの次男大洋さん(49)の妻で6代目の久美子さん(49)は「恵津子さんの姿を追いかけてきた。おいしいのは当たり前。伝統を守りながら、お店の雰囲気が好きだなと思ってもらえるようにしたい」と力を込める。恵津子さんは「料理に真剣に向き合う久美子さんは心強く、私の右腕」と信頼を寄せる。恵津子さんが守ってきた味と信念は久美子さんに受け継がれている。(斎藤優樹)

お店データ

240407shokudo3.jpg ■住所 本宮市本宮字仲町29

■電話 0243・34・2129

■営業時間 午前11時~午後3時半(同3時ラストオーダー)、午後4時半~同8時(同7時半ラストオーダー)

■定休日 火曜日(月に1度、月曜日と火曜日で連休)

■主なメニュー
▽名代ソースかつ丼=970円
▽ヒレソースかつ丼=1270円
▽あいもり丼=1350円
▽上名代ソースかつ丼=1630円
▽ラーメンセット=1120円

240407shokudo2.jpg ラーメンセット(手前)と人気の「名代ソースかつ丼」

 聖火リレーの写真

 恵津子さんの夫衛さんは1964年の東京五輪で聖火ランナーを務め、移転前の店先を走った。衛さんの雄姿を収めた写真や旧店舗などを写した懐かしい写真が店内に飾られている。恵津子さんは「継承した思いや味は変わらない。写真が原点を思い出させてくれる」と語る。

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 NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画

 新まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。