福島県福島市の飯坂温泉で13日夜に出没したクマは、入り込んだ立体駐車場から出て14日午前4時半ごろ、近くの摺上川に逃げた。クマは立体駐車場を出た後、隣接する建物の屋上でしばらく動かなかったが、対応した市は麻酔銃などでの捕獲ができなかった。最初の目撃から10時間余り。クマは未明の温泉街をうろついた末に逃げ、人への被害はなかったが、市街地への出没が相次ぐ中で対応の難しさが浮き彫りになった。
「夜間のため銃猟はできなかった」。立体駐車場に長時間居座ったクマに対応した市農業企画課の担当者は、クマなどの銃猟をハンターに委託して実施する「緊急銃猟」の運用が実際には難しいと口にした。
一定の条件を満たせば市町村の判断で市街地での緊急銃猟を可能とする改正鳥獣保護管理法が9月に施行された。法改正はクマが建物に立てこもるなど膠着(こうちゃく)状態にある場合、迅速に対応するのが目的だ。緊急銃猟の実施には〈1〉クマが日常生活圏に侵入〈2〉人の生命・身体への危害防止が緊急に必要〈3〉銃猟以外の方法での捕獲が困難〈4〉避難などにより地域住民らに弾丸が到達する恐れがない―との条件に沿って判断する必要があり、担当者は「今回はそのような状況ではなかった」と説明した。
市が試みたのが、わなの設置だ。立体駐車場を封鎖するために入り口に網を張り、リンゴを入れたわなを仕掛けたが、かからなかった。市によると、現在は市内に夜間の銃猟が認められる資格を持つ人がおらず、資格取得を進める。担当者は「祝日の夜間ということもあり、人員確保などがすぐにできる状況ではなかった。クマが出没した状況や時間帯に応じた対応が求められると感じた」と語った。
クマの動きも市などへの取材で分かった。クマは当初、立体駐車場の上階から隣接するグループホームの屋上に落下したとみられたが、実際は駐車場の3階にある隙間から隣の建物に手をかけて移っていた。屋上にしばらくとどまった後、下りて外へ移動し、柿の実を食べたり、ごみをあさったりした。温泉街の県道を東に向かい、石段を下りて摺上川に逃げたという。
住民の不安続く
住民からは「またいつ出てくるか」「とにかく怖い」と不安の声が上がる。地元の飯坂小と大鳥中は登下校時の送迎を保護者に依頼した。飯坂温泉観光協会には問い合わせのメールや電話があり、無料で貸しているクマ鈴を借りる人もいた。
温泉街には休業を検討する店もあり、観光への影響も懸念されている。「冬眠してもらうしかない。早く安心したい」。近くの男性(69)は切実な思いを口にした。
識者「避難誘導後の対策継続を」
「観光地でもこれまで通り市町村や警察、猟友会が避難誘導をしてからクマ対策を取ることが重要」。クマの生態に詳しい福島大の望月翔太准教授は助言する。緊急銃猟について「4条件を慎重に見極めて運用していく必要がある」と語り、今後は制度を適用した事例を国がまとめ、自治体に示す必要があると指摘した。
緊急銃猟を巡っては、環境省は市町村にマニュアルの作成を推奨している。県は、市町村が作成しやすくするための「ひな型」を今月中にまとめる。
県によると、クマの餌となるブナやミズナラ、コナラは、クマの目撃件数が過去最多だった2023年度より深刻な凶作となっている。望月准教授は「人里に下りてくるクマがやせ細っているのを確認している。行動範囲も広がっていて危険だ」と分析し「不要不急で山に入らないでほしい」と呼びかけた。