【検証・除染】想定外の「住民主体」 法施行前、定まらぬ枠組み

 
通学路の除染に取り組む住民ら=2011年9月、川俣町

 「これで本当に(線量が)下がるか」。2011(平成23)年9月の川俣町。高圧洗浄機で側溝や塀に水を噴射する作業を見守った自治会役員の男性は半信半疑だった。東京電力福島第1原発事故で飛散し、降り注いだ放射性物質を取り除くための「除染」。放射性物質汚染対処特別措置法(特措法)の施行前、除染に関する法律はなく、県民は経験したことのない環境回復の取り組みの前面に立たされることになった。

 政府が汚染土壌の扱いなど除染の枠組みをまとめた特措法を制定したのが11年8月。特措法は翌12年1月1日に全面施行された。廃棄物処理法、土壌汚染対策法、農用地土壌汚染防止法など環境汚染を規制する法律は幾つもあったが、環境中に放出された放射性物質による汚染は除外されており、放射性物質に対処する根拠法は存在しなかった。

 除染が始まらないことに業を煮やした住民が主体となり特措法の施行前に行われた除染は、作業内容は同じであっても厳密には除染と位置付けられていない皮肉な状況でもあった。

 「違和感があった」

 「自治会単位で専門家を招いての放射能に関する講習会を開いていたので(除染について)多少の知識はあった。でも自分たちでやることは正直、想定していなかった」。川俣町内で最初に除染に取り掛かった鉄炮町・日和田地区の自治会長だった菅野英夫(77)は資料をめくり、つぶやいた。

 県は、通学路などの線量低下に取り組む団体に最大50万円を助成した。利用したのは延べ76市町村4500団体に上り、菅野たちもこの制度を使った。自ら除染することになるという菅野の懸念は現実となった。

 環境行政の根幹にあるのは、環境汚染からの回復は汚染者に責任があるという「汚染者負担の原則」の考え方だ。原発事故で言えば汚染者は東電。それを知る菅野は、住民が作業をすることに「違和感があった」と明かす。

 特措法の施行後、除染は環境省や市町村が中心となって進められた。対象エリアは北は岩手県から南は千葉県まで広範囲にわたり、予算は5兆円規模とも試算された。膨大な予算をかけて効果があるのか。懐疑的な意見もあった。

 ただ、当時の環境相の細野豪志は「(住民ら)当事者からすれば、空から放射性物質が降ってきて『大丈夫です』なんて言われても納得できないのは当たり前。環境政策からしても、当事者の意識からしても(除染を)やらないという選択肢はなかったと思う」と振り返る。(文中敬称略)

          ◇

 原子力発電所の事故という未曽有の災害に直面し、混乱の中で対策の一手として始まった除染。放射性物質で汚染された県土の回復に向けた動きを検証する。

          ◇

 「除染費用」3兆5279億円 実施は国と市町村で

 環境省によると、2011(平成23)年度から予算化された除染に関する費用は、21年度予算案まで含め3兆5279億円に上る。20年度分までの内訳は国直轄除染(避難指示が解除された区域)が1兆5439億円、市町村が1兆6861億円で、このほかに特定復興再生拠点区域(復興拠点)は2090億円。21年度予算案は国直轄(避難指示が解除された区域)が191億円、市町村が61億円で、ほかに復興拠点分として637億円が計上されている。

 除染は、国が主体となる「除染特別地域」と、市町村が主体の「汚染状況重点調査地域」の2通りで進められる。

 除染特別地域は、東京電力福島第1原発の半径20キロ圏内の旧警戒区域と、積算線量が年間20ミリシーベルトを超える恐れがあるとされた旧計画的避難区域。楢葉、富岡、大熊、双葉、浪江、葛尾、飯舘、田村、南相馬、川俣、川内の各市町村で警戒区域または計画的避難区域のあった地域が該当する。

 汚染状況重点調査地域は、毎時0.23マイクロシーベルトを超える地域のある市町村で、自治体の意見を踏まえ、国が指定した。自治体は実施計画を策定して除染を進め、県内では18年3月までに面的な除染が完了した。

 環境省のまとめによる11年度から18年3月末時点の県内市町村除染実績(調査までで終了を含む)は、住宅が41万8583戸、公共施設が1万1958施設、道路が1万8841キロ、農地が3万1061ヘクタール。