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紙媒体とは異なる作家を育んだ電子コミック市場、「マンガ」世界進出の“勝ち筋”をLINEマンガ高橋CEOに聞く

2025/10/23 08:40

  • アニメ
LINE Digital Frontier株式会社 代表取締役社長CEO・高橋将峰氏(高=はしごだか)

 2020年のコロナ禍以降、急速に伸長し、いまや電子コミックは5,000億円規模の巨大市場に成長。成長著しい市場を牽引するのが、2013年にサービスをローンチしてから今年で12年が経過したLINEマンガだ。「webtoon」という“縦読み”文化を日本に根付かせ、親会社WEBTOON Entertainmentによる北米市場での上場を機に、webtoonは本格的に北米進出。「マンガ」のグローバル化を推し進めるLINE Digital Frontier株式会社CEO・高橋将峰氏(高=はしごだか)に12年の歩みと、さらなる力強い一歩を踏み込むために必要なトリガーを聞いた。

【衝撃写真】これは圧巻!LINEマンガ インディーズ出身の作品がNYタイムズスクエアをジャック

■デジタルが生んだ新たな潮流、紙媒体では埋もれていたかもしれない“才能”が花開く土壌

 LINEマンガがサービスを開始して12年。それは、日本のマンガ市場の構造を根底から変革してきた歴史でもあった。高橋氏が最も革新的だったと語るのは、「ボーンデジタル」、すなわちデジタルで生まれ、デジタルで届けられるコンテンツの台頭だ。

 「サービス開始当初は、紙の単行本がデジタル化されるのが主流で、あくまでも本が先、デジタルが後という関係性でした。しかし、紙媒体はコストもかかり、掲載される雑誌の枠も限られています。その狭き門をくぐれるのは一握りの才能だけでした。その制約が、ボーンデジタルの登場で取り払われたのです。タイトル数の制限がなくなったことで、多種多様な作品が生まれる土壌ができました。これまで一つの作品でしかなかったものが、“悪役令嬢”のように一つのジャンルとして拡大解釈されていったのは、そのおかげだと思っています」

 この新たな土壌に蒔かれたのが、「webtoon」という種だった。スマートフォンに最適化された縦読み形式は、今でこそ広く受け入れられているが、導入当初は逆風も強かった。

 「当時は様々な批判がありました。『縦読みでは複雑な表現はできない』『バトルマンガは無理だ』と。最初から順調に売れた作品ばかりではありませんでした。ですが、結果として、Amazon OriginalドラマとしてPrime Videoで配信され大ヒットした『私の夫と結婚して』のような作品が生まれ、アニメ化される作品も次々と控えています。変に制限を設けず、あらゆる表現を受け入れる幅があったからこそ、ここまで来られたのだと思います」

 才能の受け皿は、インフラ面でも整備された。プロ・アマ問わず誰もが作品を投稿できる「LINEマンガ インディーズ」は、新たな才能の発掘装置として機能している。

 「インディーズから始まった『先輩はおとこのこ』は、アニメ映画化まで実現しました。昨年、親会社がナスダックに上場した際には、タイムズスクエアの巨大ビジョンにこの作品が映し出されたんです。インディーズという地道な活動から、世界が注目するメディアミックスに繋がる道筋を作れたことは、非常に大きな成果だと感じています」

 この成功は、業界全体にも大きな刺激を与えた。LINEマンガという一つのプラットフォームから始まったうねりは、今や市場全体を巻き込む巨大な潮流となり、マンガ界に空前の活況をもたらしている。

 「マンガの未来を創る」というビジョンは、国内に留まらない。WEBTOON Entertainmentの北米上場を機に、その視線は本格的に世界へと向けられている。webtoon制作スタジオを持つ「ナンバーナイン」との資本業務提携など、国産webtoonのクオリティ向上にも余念がない。だが、市場が成熟し、プラットフォーム間の競争が激化する中で「勝ち続ける」ためには、強固な意志が不可欠だ。その意志を、高橋氏はどのように組織と共有しているのだろうか。

 「一つは、作品を生み出すための仕組み作りです。『LINEマンガ WEBTOON STUDIO』では、シナリオ、キャラクター、作画といった分業制を導入し、クオリティを担保しながら作品のラインナップを拡充しています。我々はプラットフォーム事業が主軸なので、他のスタジオさんとは競合ではなく協業関係。市場全体を盛り上げるため、良い作品を世に出すためなら、出資も含めて積極的に支援していきます。新しい作品、既存の名作、その全てを読者に届けやすい形で提供することが私たちの役割です」。

 そして、最も大切なのが、クリエイターに対する絶対的な信頼だ。例えば、webtoonというフォーマットと、ダイナミックな動きが求められるスポーツマンガとの親和性について、高橋氏は「全く心配していない」と断言する。

 「クリエイターさんの表現における創意工夫は本当にすごい。大事なのは、クリエイターさんが『webtoonでスポーツを描きたい』と思ってくれるかどうか、ただそれだけです。我々の役割は、彼らが描いた作品が世界に届くネットワークを作っておくこと。『もっと動きが欲しい』『音が欲しい』と言われれば、デジタルなので実現できる。私たちが考えうる表現手法を、遥かに凌駕するものを創り出すのがクリエイターですから」

■「我々は信じ続けるしかない」――作家とプラットフォームの最も美しい関係性

 プラットフォームは最高の舞台を用意する。そこでどんなドラマを繰り広げるかは、クリエイターの熱量に委ねる。フォーマットの限界を軽々と飛び越え、読者の想像を裏切る傑作が生まれる瞬間を、ただひたすらに信じて待つ。「クリエイターを信じ抜く」その姿勢こそが、LINEマンガを前進させる揺るぎない意志力の源泉なのかもしれない。

 また、「世界を相手に作品を創る」という未来も大きく広がっているという。これまでは、作品が完成してから翻訳され、海外に届くまでにはタイムラグがあった。しかし、デジタル配信が主流となった今、その垣根は限りなく低くなっている。そして、このグローバル化の波に乗るうえで、日本には決定的なアドバンテージがあると高橋氏は語る。

 「私たちが知っていて、世界がまだ知らないこと。それは、マンガを小さい頃に読んだ人は、年を取ってもマンガを読み続ける、ということです。日本では当たり前ですが、これはすごい文化。僕らはマンガを卒業できないし、それを恥ずかしいとも思わない。この成熟した読者層と文化こそが、最大の武器なんです」

 このアドバンテージを世界標準にすること。それが次なる挑戦だ。WEBTOON Entertainmentとディズニーとの提携で、100本ものディズニー作品を配信するプロジェクトも、その布石の一つ。世界的なIPとの協業は新たなクリエイターを刺激し、これまでマンガに触れてこなかった層への入り口にもなる。高橋氏が語る「クリエイターファースト」とは、単に作家を尊重するだけでなく、彼らの才能が国境を越え、正当に評価されるためのインフラを整備することと同義なのだ。

 12年の歳月をかけて、LINEマンガは電子コミック市場のゲームチェンジャーとなった。webtoonというフォーマットは、いつしか日本のマンガ文化に新たな潮流を生み出し、才能ある作家たちが大海へと飛び出す新たな舟となった。

 そして今、その舟は世界という大海原へ乗り出そうとしている。LINEマンガによる『東レ パン パシフィック オープンテニストーナメント』への協賛は、その決意表明だ。大坂なおみ選手や大谷翔平選手のように、たった1人のプレイヤーが市場を、そして世界の景色をガラリと変えることがある。スポーツの世界で起きている熱狂は、マンガの世界でも必ず起こせる。高橋氏の言葉には、そんな確信が満ちていた。

 「1人の才能あるスターが世界を変えていく。我々はそれを支える存在です。かつて私にとっての『キャプテン翼』(集英社)がそうであったように、日本のマンガが世界の誰かの人生を変える。その可能性を、私たちは誰よりも信じています」

 新たな才能が芽吹く土壌を耕し、最高の舞台を用意し、世界へと繋がる道を切り拓く。LINEマンガが描く「マンガの未来」は、まだ始まったばかりだ。読者として、我々はそのワクワクするような未来の到来を、ただ待つだけでいい。

(写真:田中達晃/Pash 文:磯部正和)

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