それぞれの生活に根ざしながら、生きることと尊厳について考察した、7名の作家の作品で構成

美術家・田部光子(1933-2024)は1961 年に記した「プラカードの為に」と題した文章において、「大衆のエネルギーを受け止められるだけのプラカードを作」り、その「たった一枚のプラカードの誕生によって」社会を変える可能性を語りました。過酷な現実や社会に対する抵抗の意思や行為、そしてそのなかに田部が見出した希望は、同年発表された作品《プラカード》に結実します。
この文章は、作品が生まれるまでの思考の過程を語ったものであると同時に、社会の動きを意識し活動するひとりの美術家の宣言としても読むことができます。「たった一枚のプラカード」とは、行き場のない声をすくいあげ、解放の出発点となるような、生きた表現の象徴でもあるのです。
田部の言葉と作品を出発点とする本展覧会は、それぞれの生活に根ざしながら、生きることと尊厳について考察してきた、田部を含む7 名の作家の作品で構成します。作家たちは、これまで社会の中で覆い隠されてきた経験や心情に目を凝らし、思考し、そして自ら実践することで、既存の制度や構造に問いを投げかけます。彼女・彼らの作品を通じて、私たちを取り巻く社会やその歴史を見つめ直し、抵抗の方法を探りながら、表現することの意味にも立ち返ります。
一流労組のカンパニヤの為のプラカードは何故こうも右翼のそれと似かよっているのだろう。や
はり二十代前後の莫大なエネルギーを擁しているはずなのに、こう云ふものはとても古くさい。
現在すべての組織が次々に封じ込められて行く原因はこんなところにもある。おくればせながら
も、大衆のエネルギーを受け止められるだけのプラカードを作って見ようか、高らかな笑いのも
とに星条旗を破る為のカンパニヤが組織できないだろうか? それもたった一枚のプラカードの
誕生によって――だったらすばらしい。そして人工胎盤ができたら、始めて女性は、本質的に解
放されるんだけれど。(原文ママ)
――田部光子「プラカードの為に」『九州派5』1961 年9 月10 日発行
本展の見どころ
◎時を超える声と実践
「プラカードの為に」で言及される《プラカード》と《人工胎盤》は、1961 年9 月14 ~ 19 日に東京の銀座画廊で開催された「九州派展」に出品されました。《プラカード》は5 点から成るコラージュ作品(すべて1961 年作。3 点が東京都現代美術館蔵、2 点が福岡市美術館蔵)で、労働争議での実体験をはじめ、三池争議や安保闘争、公民権運動、コンゴ動乱など同時代の出来事を背景に制作されています。支配的な構造に抗う「大衆のエネルギー」を表す本作は、襖を支持体に、コラージュやキスマークを施すなど、従来の美術の形式や素材にも挑戦しています。一方、《人工胎盤》(1961 年作は現存せず。熊本市現代美術館が2004 年の再制作を所蔵)は妊娠初期のつわりの経験や、女性が社会において直面するさまざまな不平等から発想された作品です。近年、フェミニズム・アートの先駆的作品としても評価されています。本展では、再評価の進む田部光子の作品26 点を展示します。

田部光子《プラカード》1961年、東京都現代美術館蔵

《プラカード》、《人工胎盤》前の田部光子、1961年、「九州派展」、銀座画廊、東京
◎今を生きる6 作家の声と実践
本展覧会では、物故作家の田部に加え、近年特に注目すべき活動を行ってきた牛島智子、志賀理江子、金川晋吾、谷澤紗和子、飯山由貴、笹岡由梨子による、映像、インスタレーション、写真、絵画、立体など、多様な手法の作品で構成します。
牛島智子は、変形カンバスによる絵画制作と、拠点とする地域の産業や歴史に根ざした素材を支持体に用いるインスタレーションの制作を続けてきました。過去に発表した詩や言葉を不定形の和紙に書き写した「変形和紙文字」は、近年取り組むシリーズのひとつで、牛島の思考の一端を開示するものです。本展では「変形和紙文字」を構成要素のひとつとし、日々の生活と制作行為を重ねた新作インスタレーション《ひとりデモタイ―箒*筆*ろうそく》が披露されます。

牛島智子個展「トリへのへんしん」展示風景、2022 年、旧八女郡役所 写真:長野聡史 (C)Nagano Satoshi
志賀理江子は2011 年の東日本大震災で被災し「復興」のありかたに圧倒された経験から、人間の精神とその根源に迫る作品を制作してきました。本展では、宮城県での生活のなかで志賀が紡いできた言葉や、抵抗となりうる行為をもとに、2022 年に制作された映像インスタレーションを新たに再編集した《風の吹くとき》(2022-2025 年)のほか、未発表の写真作品を展示します。

志賀理江子《風の吹くとき》2022-2025年 (C)liekoshiga
金川晋吾は近年、写真作品や文章、あるいはワークショップを通して、個人的な事柄を公に向けて示す試みを続けてきました。本展では現在進行形で取り組む二つのシリーズ「祈り/長崎」「明るくていい部屋」をご覧いただきます。いずれも、私たちが生きる上で避けがたく、しかしそれゆえに規範化されがちな「家族」や「信仰」等のイメージを、金川自身の身体そして生き方を通して、とらえ直す作品です。

金川晋吾《祈り/長崎、セルフポートレート》2022年 (C)Shingo Kanagawa
谷澤紗和子の「ちいさいこえ」は、陶紙で作られた小さな「プラカード」です。歴史のなかでかき消されてきた声を可視化しながら、対峙する者の「力」や「大きさ」を問う作品です。本展ではこのほか、美術史において周縁化されてきた切り紙の手法を用い、女性の表現者の先達たちと仮想の対話を試みた「はいけいちえこさま」シリーズや新作インスタレーションも発表されます。

谷澤紗和子個展「ちいさいこえ」展示風景、2023年、FINCH ARTS (C)Sawako Tanizawa, Photo by Haruka Oka, Courtesy of FINCH ARTS
飯山由貴は記録資料や聞き取りを糸口に、個人と社会・歴史の関係を考察し、作品を制作してきました。《海の観音さまに会いにいく》(2014/2020 年)は、精神に障害を持つ妹の幻覚や幻聴を
受けとめ、彼女にしか見えない世界を家族とともに見ようとした映像作品です。他者の声に耳を傾け、その経験に歩み寄り、共に行動する試みを記録した初期作品をはじめ、これらに連なる近年の作品展開を紹介します。

飯山由貴《海の観音さまに会いにいく》2014/2020年、写真:宮澤響、飯山由貴 (C)Iiyama Yuki
笹岡由梨子は人形劇やCG 合成、自作の歌、手作業による装飾を用い、固定化された枠組や見方に揺さぶりをかける映像作品を制作してきました。本展では初期の映像作品と、国内初公開となる
《Working Animals》を展示します。後者は、古いぬいぐるみから再生した動物たちが合唱しながら、観客である人間に労働の意味や構造について問いかけるインスタレーションです。

笹岡由梨子個展「Animale」展示風景、2025年、PHD Group、香港 Courtesy of the artist and PHD Group. Photo by Felix SC Wong.
それぞれの制作の背後には、私たちの生活の身近にいまだある、生きづらさを生む社会とその歴史へのまなざし、制度や権力による選別や排除に対する抵抗、周縁に置かれた存在の尊厳についての考察があります。彼女・彼らの表現は、過去や現状を問い直すだけでなく、この現実と未来に働きかける力を有していると言えるでしょう。さらに、そうした実践を支える、造形の力やイメージの強度、素材や技法の選択にも注目いただきます。
◎作家たちの実践が交差する展覧会
本展覧会では7名の作品が展示空間で交錯し、ときに干渉し、響き合います。重なりあい、ぶつかりあうイメージや声のなかから、抵抗の方法を見出すことができるでしょう。「たった一枚のプラカード」が象徴する生きた表現。作家たちの実践が交差する場をぜひ体感してください。
出品作家
田部光子 Tabe Mitsuko
1933年日本統治下の台湾に生まれ、1946年福岡に引き揚げ、以後同地を拠点に活動。2024年没。前衛芸術集団「九州派」の発足時から主要メンバーとして参加。生活者としての実体験をもとに社会への問いやメッセージを表現に託し、2010年代まで旺盛な制作・発表を続けた。
牛島智子 Ushijima Tomoko
1958年福岡県生まれ。1981年大学卒業後に上京し、Bゼミに入所。個展を重ね、変形カンバスによる絵画を発表。90年代末に福岡・八女に拠点を移してからは、生活や地域の産業・歴史に根ざした素材も用い、表現を日常の基盤として捉え、作品を制作する。
志賀理江子 Shiga Lieko
1980年愛知県生まれ。2008年に宮城県の北釜へ移住。人々や風景との出会いを通して、社会と自然、死と生、何代にも遡る記憶などをテーマに制作を続ける。2011年の東日本大震災で被災し「復興」に圧倒された経験から、人間の精神とその根源へと深く潜り、迫る作品へと展開する。
金川晋吾 Kanagawa Shingo
1981年京都府生まれ。最も身近な他者と言える父親や叔母を被写体に、個としての姿を尊重し、捉えた写真を発表。近年は複数人で生活する日々を記録した写真やセルフポートレートの発表、文筆活動、ワークショップを通じて、個人的な経験や思考を社会へ開く実践を続けている。
谷澤紗和子 Tanizawa Sawako
1982年大阪府生まれ。美術制度の外に置かれてきた素材や技法を用い、想像力を解放する装置としての作品を制作する。近年はジェンダーの視点から切り紙に携わった先達の作品や足跡を追い、マジョリティ中心の社会においてかき消されてきた声に着目した作品を発表している。
飯山由貴 Iiyama Yuki
1988年神奈川県生まれ。記録資料や聞き取りを糸口に、個人と社会・歴史の関係を考察し、作品を制作。社会的スティグマが作られる過程や、その経験が語り直されることによる痛みや回復に関心を寄せ、近年は多様な背景を持つ市民やアーティスト、専門家とも協働し活動している。
笹岡由梨子 Sasaoka Yuriko
1988年大阪府生まれ。絵画と映像、現実と虚構、生と死の間を探るべく、人形劇やローテクなCG 合成、自作の歌、手作業による装飾を用いた映像インスタレーションを制作。作品内では様々なキャラクターを演じ、身体パーツを複数化し、固定化された枠組や見方に揺さぶりをかける。
関連イベント
アーティスト・トーク
日 時:2025 年11 月1 日(土)14:00‒16:00(予定)
会 場:B1階講堂
本展出品作家によるアーティスト・トークを開催します。
※このほか、レクチャー、トーク・イベント、上映会やワークショップを開催予定。
詳細は決まり次第、当館ウェブサイトなどでお知らせします。
展覧会ウェブサイトはこちら
開催概要
会 期:2025年11月1日(土)‒2026年2月15日(日)
会 場:国立国際美術館 地下3階展示室(〒530-0005 大阪市北区中之島4-2-55)
開館時間:10:00‒17:00、金曜は20:00 まで(入場は閉館の30分前まで)
※2025 年11 月以降、夜間開館は金曜日のみとなります
休館日:月曜日(ただし11月3日、11月24日、1月12日は開館)、11月4日、11月25日、
1月13日、年末年始(12月28日-1月5日)
主 催:国立国際美術館
協 賛:公益財団法人ダイキン工業現代美術振興財団
観覧料:一般1,500円(1,300円)大学生900円(800円)
( )内は20名以上の団体及び夜間割引料金(対象時間:金曜の17:00‒20:00)
高校生以下・18 歳未満無料(要証明)
心身に障がいのある方とその付添者1 名無料(要証明)
本料金で、同時開催の「コレクション2」もご覧いただけます。
交通アクセスはこちら
https://www.nmao.go.jp/visit/admission/
一般のお客様からのお問い合わせ先
国立国際美術館 TEL:06-6447-4680(代表)
https://www.nmao.go.jp/
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