【エールのB面】風俗考証・刑部芳則さん(下) 戦争向き合い続けた

 
「古関は努力する天才だった」と話す刑部さん

 朝ドラ「エール」の風俗考証を務める刑部(おさかべ)芳則さん(42)。主人公のモデルとなった古関裕而の音楽人生の集大成は東京五輪開会式で流れた「オリンピック・マーチ」だとし、「古関の実像に迫る鍵は戦中・戦後にある」と力説する。

 細部まで助言

 風俗考証は、劇中の物や事象が時代に合うのか検討し、制作陣に助言する。ドラマというフィクションとの両立が難しそうだ。

 「たとえ一瞬しか映らなくても史料に基づいて助言します。ただ、朝ドラは当時を忠実に再現する作品ではありません。視聴者にとって分かりやすく楽しめるよう演出されます。例えば裕一の母が川俣で洋服を着ているシーン。大正時代に洋服を着る一般女性はほぼいないのですが、劇中では視聴者に『外出』を強調するためそうなっています」

クラシックの作曲家を夢見た古関。1930(昭和5)年の上京後、しばらくは流行歌の作曲に苦労する。戦前で最も売れたのは37年に発売された「露営の歌」。以降、戦争の世に合わせ「戦時歌謡」を送り出した。

 「暗く哀愁のあるメロディーが胸を打つ『露営の歌』はそもそもB面。A面は軍主導で作られた明るい曲調の『進軍の歌』でした。大衆は『露営の歌』を支持し評価は逆転します。38年1月までに約56万枚を売り上げて戦前の流行歌トップ。出征兵士の見送りに歌われるようになりました。生きて帰る保証はないが国のために戦う兵士、安否を気遣う家族の厭戦(えんせん)の思いが曲と重なったんです」

 共通する思い 

 戦後、古関はラジオ番組の音楽を多く手掛け「とんがり帽子」などの名曲が生まれた。加えて戦争犠牲者に対する鎮魂の祈りと、人々に希望を持たせる思いを込めた「長崎の鐘」などの鎮魂歌も精力的に作った。平和な時代、戦後復興という時代の要請に新たな曲作りが始まった。

 「戦時歌謡と戦後の曲は違う曲に聞こえますが、国民に活力を与え、応援する意味で共通しています。戦時歌謡を手掛けた古関に被爆地の慰霊と復興の願いを込めた作曲依頼が来るのは、戦時中の曲が国民を励ますものだったからです。古関は『戦時歌謡があったからこそ自分は売れたんだ』と自覚していたのでしょう。だからこそ戦争への懺悔(ざんげ)という葛藤が鎮魂歌につながるのです」

 古関は戦争で作曲家として活躍する機会に恵まれ、これを弾みに戦後もヒット曲を作る。一方、自身の曲が出征時や戦場で歌われ、多くの若者が命を落としていった。この矛盾を終生背負い続けることになる。

 「古関は戦時歌謡を手掛けた責任を感じ続けます。戦局の悪化に伴って、楽曲は勇壮さよりも悲壮感が増しますし、戦後のインタビューでは戦時歌謡をいやいや作ったこともあると答えています。時代やレコード会社の求めで作った戦時歌謡は、つらく厳しい戦時中を生きた人たちへの応援歌でした。だが、心中は複雑で、あまり多くを語らなかった。古関が持ち味を発揮できた時期ですが、実に悲しいものでした」

 歴史そのもの 

 高度経済成長期、古関は舞台や映画音楽に活躍の場を移し、全国の校歌や社歌、自治体歌も精力的に作曲する。代表的な作品が64年の「オリンピック・マーチ」。古関自身も「苦心したが会心の作」としている。

 「古関は努力する天才です。売れない不遇な時代があったからこそ努力を続け国民の心をつかむことを追求したのです。最大の仕事がオリンピック・マーチで、古関の社歌や校歌などに似ている部分が多くあります。作曲時に『日本的なもの』と指示を受けたそうですが、きっと日本全国の風景を思い浮かべてメロディーを作ったのでしょう。平和の祭典に湧く国民の心を一つにしたいと考えたのかもしれません。古関の音楽人生は、単なる流行作曲家ではなく激動の昭和史そのものなのです」

 【もっと知りたい】一人一人にドラマある 制作統括・土屋勝裕さん

 「エール」第12週(15~19日)は、裕一と音を取り巻く人々の物語が放送される。音の亡き父・安隆(光石研さん)、喫茶バンブーの保(野間口徹さん)と恵(仲里依紗さん)、若き日の双浦環(柴咲コウさん)が"主人公"のサイドストーリー。制作統括の土屋勝裕さんが制作意図を語った。

 第12週はチーフ演出の吉田照幸さんのアイデア・作です。第11週で裕一の人生の節目を迎え、物語の後半では戦争など激動の時代に突入します。その前にちょっと遊びの週があっても良いと思い、企画しました。

 主人公を取り巻く人々にもドラマがあり、そういう人たちがいてこそ、主人公のドラマがより面白くなる。誰か一人ではなく、それぞれの物語ということでオムニバスになりました。

 父・安隆が幽霊になって戻ってくる。第2週で安隆はすぐ亡くなってしまうので、安隆と妻・光子(薬師丸ひろ子さん)、娘たちとのドラマをもっと見たいというのが狙いです(第2週は子役たちとの芝居だけでした)。

 保と恵は謎のカップルですが、どういう経緯で結婚したのか視聴者も気になっているのではないかということでフォーカスを当てる回を作りました。双浦環については過去を描くことで歌手としての覚悟を持って生きている理由が分かり、よりその言葉に視聴者が納得し、共感できると考えたからです。