相馬市の中心部。かつて相馬中村藩の拠点、中村城があった周辺はひっそりしていた。城下町の入り組んだ通り。今は中村神社が立つ城跡とお堀。クラシックな姿の公共施設。昔と今とが混じり合ったような風景が、どこか不思議だ。
そんな落ち着いた空気も、相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」が開かれる夏になると一変し、町中に熱気がこもる。
新しい女性像
この城下町から、NHKの連続テレビ小説「はね駒(こんま)」(1986年)は始まった。
物語は明治から大正の頃、相馬(当時は中村町)に生まれた少女が教育を受け、やがて家庭を持ち、同時に新聞記者として活躍する女性の一代記だ。
はね駒は、おてんば娘のこと。女性が結婚し家庭に入ることが当たり前だった時代に、主人公は社会に出て、果敢に自分の道を切り開く。そんな「新しい女性」の生き方を快活に描いた。放送の86年は男女雇用機会均等法施行の年。時代の空気を追い風にドラマは話題になった。
出演者も人気だった。主人公を演じたのは、放送開始当時19歳だった女優の斉藤由貴さん。新人のフレッシュさが、新時代のヒロイン像にマッチしたのだろう。ドラマは今年3~9月、BSで再放送もされた。
この主人公にはモデルがいる。1877(明治10)年、中村町の商家に生まれた磯村春子(旧姓小泉)。14歳から仙台の宮城女学校(現宮城学院)で学び、結婚を機に移り住んだ東京で、報知新聞社の記者になった女性だ。職場や取材先に子どもを連れて現れ「ルビ付き(子連れ)記者」と称され、英語も堪能で外国人を相手に取材をこなした。さらに日本人女性として初めて飛行船に搭乗するなど、パワフルな逸話で知られる。
春子の長男も有名だ。都市社会学者で東洋大学長を務めた磯村英一である。
ただ、取材には不安があった。相馬が舞台なのはドラマの序盤だけ。主人公も春子も、進学で故郷を離れ戻らなかった「田舎を飛び出ていった娘」である。ドラマでは父親が、仙台での進学を望み縁談を断る主人公に複雑な思いを抱え、旅立ちを陰で見送る。地元では、ドラマや春子をどう思っているのだろうか、と。
恐る恐る相馬市歴史資料収蔵館に問い合わせた。すると打てば響くように、同館職員の元校長、加藤潤一さん(73)が次々と資料を提供してくれた。それによると春子が生まれたのは城の東側、同市大町の一角。彼女は生家に近い中村高等小学校(現中村一小)に通い、近所の中村教会をつくった牧師に仙台での進学を勧められた。学校と教会は真新しくなりながら現在もあった。春子の縁者も、母方小泉家の子孫が新地町に多く、教育長や教員などを輩出していた。
ドラマについても同館の千枝(ちえだ)章一さん(66)が、当時の熱気を記憶していた。「放送前の冬、中村神社などでロケが2、3日行われた。暖かい季節のシーンの撮影だったが、城のお堀に氷が張り、消防が急きょ氷を片付けた」。同市の船橋屋製菓では、放送当時発売した洋菓子「はね駒」が、現在も販売され、しゃれたイラストの看板が本店に掲げられている。故郷は今も温かかった。
教育を大事に
こんな話も聞いた。元東北学院職員の荒孝夫さん(76)=相馬市=は「『中村教会90周年教会史』によると明治24~31年、相馬地方の教会を預かった吉田亀太郎牧師が、青年男女に(仙台のミッション系の)東北学院、宮城女学校への進学を勧め83人が進学した。このうち明治25、26年ごろには中村教会に関係する6人が宮城女学校に入学した。旧制相馬中の創立は明治31年で、地元に中学も女学校もなかった時代。小泉家も貧しかったはずだが」と、当時、相馬地方の人々が、青少年の教育を強く望んでいたことを示唆する。
船橋屋製菓の羽根田万通(かずみち)社長(77)も「相馬では二宮仕法(二宮尊徳らによる農村立て直し策)が継承され、質素を旨とした。人々は地味でおとなしいが、打たれ強い」。ヒロインの雄飛が相馬から始まったのは必然だったのかもしれない。
最後に、ドラマの題名に冠され、相馬を象徴する「駒」を訪ねた。相馬野馬追で宇多郷(相馬市周辺地域の騎馬団)の軍者を務める武田真弘さん(48)は、自宅で11歳の牡馬(ぼば)「大陸」を飼育している。愛馬は大陸で5代目。1994年、家族では曽祖父以来となる初陣に臨んだ武田さんは「野馬追に出るなら、馬は自分で飼うべきだと父も自分も考えた。馬は365日面倒を見なければならない家族。馬との毎日から学ぶことは多い」と、野馬追の意義の一端を語る。
その言葉を聞いてか、馬場で青草をはむ大陸が、いたずらっぽく武田さんに体を寄せた。「馬はかわいくて賢い」と武田さん。なるほど、はね駒である。
【アクセス】相馬市大町へは、常磐線相馬駅から徒歩で約10分。車では、常磐道相馬インターチェンジから約10分。
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【ドラマ「はね駒」】1986年4~10月放送されたNHK連続テレビ小説。相馬に生まれた主人公橘りんが、仙台の女学校で英語を学び、上京し家庭を持ち、当時少なかった女性記者となる半生を描いた。作者の脚本家、寺内小春さんは二本松育ちで安達高卒。その生い立ちを映してか「はね駒」も二本松の祭りのシーンから始まり、りんの父弘次郎(演じ手は小林稔侍さん)は旧二本松藩士との設定だった。ドラマ放送時には二本松・霞ケ城公園の松の木に「おりんの松」の札が付けられたという。ドラマには母やえ役で樹木希林さん、教会の牧師役で沢田研二さん、夫役で渡辺謙さんが出演し、配役の豪華さも話題になった。
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【磯村春子】1877年、中村町(現相馬市)大町の商家で、父小泉伊助、母カツの長女として誕生した。中村高等小学校を卒業後、14歳で仙台のミッションスクール宮城女学校に進学。卒業後、同校の教師となった。1902年、上京し愛知県出身の実業家磯村源透と結婚し、同じ頃から日本女子大学校英文科で学んだ。05年、報知新聞社に入り、10年には日本人女性として初めて飛行船に搭乗し、搭乗記が同紙に掲載された。後に、やまと新聞社に移籍。著書に「最新家庭のあみもの」「今の女」。18年、40歳10カ月で死去。生涯に8人の子を産んだ。都市社会学の泰斗として知られる長男英一(1903~97年)は、ドラマ放送時に講演会などで相馬市を訪れた。