日本代表監督として臨んだ2000(平成12)年のシドニー五輪は悔しい大会だった。 3人の走者が一斉にスタートし、1周ごとに1人ずつコースを外れ、最後の1人がゴールするまでのタイムを競う自転車の種目「チームスプリント」。代表選手は、世界でもトップレベルのスタートを切れる長塚智広選手を先頭に、神山雄一郎、稲村成浩の両選手と実力者3人がそろった。 今振り返ると、3人で試合を想定し走り抜ける「合...
この記事は会員専用記事です
残り553文字(全文753文字)
続きを読むには「みんゆうプラス」の会員登録もしくは
「福島民友新聞購読」の申し込みが必要です。