2011年3月11日、公立相馬総合病院(相馬市)の看護部長室にいた私は、ものすごい揺れに襲われた。長く続く地震の中で、真っ先に脳裏に浮かんだのは透析室のことだった。患者は血液を浄化する機械につながれ、動くことができない。緊急の場合は、透析の回路を遮断して患者を避難させなければならなかった。 透析室があるのは、当時最も古い建物で、今は取り壊された1病棟だった。何とか透析患者の避難は終えることができ...
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