【エデンの東北(上)】橋のある風景 今も、あの頃も『元気な声』

 
「エデンの東北」に幾度も登場する石川小近くの木橋。完成から60年を過ぎているが、今も独特な存在感で地元の人々から親しまれている

 「おばあちゃん おこたにあたりなんしょ」(1巻「ぼたもち」)。漫画「エデンの東北」(竹書房)には福島弁があふれている。1970年代の「ある東北地方の町」を舞台にした1本6ページの短編連作。おてんばな小学生の長女を主人公に、泣き虫な幼稚園児の弟、おしゃれ好きの母、飲んべえの父が織りなす家族4人の幸せな日常を描く。30年以上続く長寿漫画で現在20巻まで刊行中。作中に具体的な地名はないが、作者の漫画家深谷かほるさん(57)は石川町出身だ。

 同級生も登場

 「読んでいると、そうそう、そうだったと懐かしくなる」

 こう語るのは、深谷さんと同級生の芳賀文子さん(58)。家が駄菓子屋さんだった芳賀さんは作中に何度も登場しており、11巻には「西牧商店の文子ちゃん」と名前がそのままタイトルになった回まである。学校から買い食い禁止を通達された主人公が、帰宅後に「文子ちゃんげさ遊びに行ってくっから」と出掛けていくストーリーだ。

 「私のことはだいぶ美化して何十倍もかわいく描いてもらいました」と芳賀さんは笑う。深谷さんとは幼稚園から高校まで一緒だった。「みんなの思い出を作品の中に詰め込んでもらっているみたいで、かほるちゃんには本当に感謝しています」

 当時の家だった西牧商店(現在は閉店)は17巻の表紙にもなった。おととし東京で開催した深谷さんの個展では店内を立体的に再現。「私ですらうろ覚えなのに完璧な再現でしたね。透明のケースや木の箱に商品が入っていて、お菓子は量り売りだった。そういう記憶がよみがえってきて感激しました」

 人気作だと改めて分かったこんなエピソードも。作者の同級生だということを知らない東京の親族から「福島弁がたくさん出てくる面白い漫画がある。作者は絶対に福島の人だと思うよ」と薦められた。「私も『何言ってるの、同級生よ』と笑いましたが、それくらい都会に住む人たちからしても、これを読んだら懐かしい気持ちでいっぱいになるのだなと思いました」

 70年代は原点

 執筆のきっかけを深谷さんは「『自分が愛着を持って描けるテーマは何だろう』と思った時に、育った石川町であり、よく行った浅川町、須賀川市、郡山市、いわき市といった場所だと思いました」と述べる。「私にとって大切な作品です」

 気になる現実とフィクションの割合は「現実が1、フィクションが9くらい」とのこと。作品に深みを与えている福島弁については「自分も家族もまだ使っている」ため自然に出てくるそうで、「私にとって石川町は、親のようなもの」と語った。

 70年代という時代背景も人気になる理由の一つだろう。

 おたふく風邪で顔の腫れた主人公が「あたし本当はどういう顔だったっけ?」と母に尋ね、「山本リンダちゃんに似てたよねぇ」や「ザ・ピーナッツのエミちゃんにも」と言って笑わせる(1巻「ほっぱれかぜ」)。

 母から新しいズック(運動靴)を買ってもらった主人公が「これでもう穴あきズックはかないでいいんだー」と大喜びする姿(4巻「新しいズック」)には胸を打たれた。深谷さんにとって「希望とカッコ悪さがいっぱいの、自分の原点のよう」という70年代。記者は一回り下の世代になるが、それでも読んでいると懐かしく温かい気持ちになれるから不思議だ。

 学校近くの木橋もよく登場する。友達と大事な話をするときや、効果的な場面転換のシーンで使われ、作者の強いこだわりが感じられる。深谷さんがイラストを手掛けた石川町の観光パンフレット「おいでよ いしかわまち」の表紙にも木橋が描かれていた。こだわりについて深谷さんは「古い物の見た目や風合い、作った人の手間など、想起させられるものが好きです」と語った。

 木橋は今も石川小の近くにあり、登下校時や休日は子どもたちの姿でにぎやかだ。正式名は「通学(つうがく)橋」で、長さは23.6メートル。町の中心部を流れる今出川にかかり、1960(昭和35)年に完成している。すでに60年が過ぎており、渡るとミシミシ音はするものの、まだ頑丈そうで安定感は抜群だ。現代の「エデン」を生きる子どもたちも、元気に木橋を走り抜けていった。

エデンの東北

 石川町 石川町へは車なら東北道・須賀川インターチェンジ(IC)から約30分、あぶくま高原道路・石川母畑ICから約15分。JR利用の場合は水郡線に磐城石川駅、野木沢駅がある。

          ◇

 アクセス 石川町へは車なら東北道・須賀川インターチェンジ(IC)から約30分、あぶくま高原道路・石川母畑ICから約15分。JR利用の場合は水郡線に磐城石川駅、野木沢駅がある。

          ◇

 エデンの東北 1970年代の東北を舞台に、4人家族とそれを取り巻く温かい人々を描いた漫画作品。吉田家の長女で小学生のさゆりを主人公に、弟の幼稚園児あきら、母の八重子、父のイワオによる楽しい日常が、四季折々の豊かな自然描写とともに描かれる。どこからでも読める一話読み切り。