50年以上前米国での悲劇

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 われわれは元々日常生活において周りのさまざまな放射性物質から年間で約2.1ミリシーベルトの放射線を浴びています。周りの環境中だけではなく家庭にある消費財の中にも、放射性物質を活用しているものが多くありました。

 50年以上前、腕時計の文字盤の夜光塗料に放射性ラジウムが使われていました。蛍光物質として広く普及したラジウムでしたが、1920年代の米国の時計工場で多くの労働者を犠牲にした社会問題を引き起こしました。

 その当時、時計工場では文字盤を描く際、筆先をなめてとがらせていました。そのため労働者は筆先に付いたラジウムを毎日摂取してしまったのです。その結果、骨に大量の被ばくが起こり骨肉腫と呼ばれる骨のがんや、頭部のがんが起こりました。現在では非放射性の蛍光物質が使われています。

 この悲劇が「放射線防護に関する勧告を行う組織」である現在のICRP(国際放射線防護委員会)の前身の委員会を設立するきっかけとなったのです。