東西冷戦、核保有を加速化

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 第二次世界大戦後に激化した東西陣営の対立は、核兵器をはじめとする軍備拡張競争を加速化させました。1945年のアメリカに引き続き、1949年には旧ソ連が核兵器を保有します。アメリカは10年後の1955年には数千発、その10年後の1965年には3万発以上の核ミサイルを保有していました。それに対して旧ソ連は1985年には約4万発の核ミサイルを保有しています。その頃には世界には7万発以上の核兵器があったことになります。

 核兵器の保有国は冷戦中に徐々に増え、1960年代までにはイギリス(1952年)、フランス(1960年)、中国(1964年)が、その後疑いも含めると、イスラエル、インド、南アフリカ、パキスタンを加えた合計9カ国に増えていきました。ちなみに南アフリカは冷戦終結後、全ての核兵器を解体し現在は保有していません。

 このような核兵器が増えていく状況に対して、アメリカと旧ソ連は1968年に核拡散防止条約(通称NPT)に署名をします。しかしこの条約は1968年1月1日以前に核実験を実施した国だけを核兵器の保有国と認めるものでした。そのため、上述のイギリス、フランス、中国は批准していますが、インド、イスラエル、パキスタンは署名していません。ちなみに北朝鮮は2003年に脱退しています。