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原発事故の教訓、後世に「生涯懸けて伝え続ける」 廃炉現場離れる経産官僚

2025/03/24 10:30

高校生を前に原発の現状を伝える木野さん。異動後も県内で伝え続けるつもりだ=21日、郡山市・安積黎明高

 東京電力福島第1原発事故直後から、本県で事故対応を続けてきた経産官僚が廃炉の現場を離れる。資源エネルギー庁廃炉・汚染水・処理水対策官の木野正登さん(56)。4月から仙台市の東北経済産業局に勤務する。原子力政策に関わってきた責任から福島に残ることを選んで14年。現場を離れても福島にとどまり、若者に自らの経験を伝えていくつもりだ。

 東京大原子力工学科卒業後、技官として通商産業省(現経済産業省)に入った。入省後は、原子力畑を中心に歩んできた「原子力村」の一員だった。柏崎刈羽原発の保安検査官事務所長を務めた際には、住民に「チェルノブイリのような事故は日本では起きませんから」と説明したこともある。事故が起きるとは、思ったことすらなかった。

 学んできた責任持つ

 2011年3月、原発の状況を伝える会見のニュース映像を見た時、現実だとは思えなかった。

 事故から10日後、政府現地対策本部の一員となった。それから14年間、県内で生活しながら避難指示の解除や原発から出る汚染水の対応など復興の最前線に身を置いてきた。原発に流れ込む地下水を減らすサブドレンの設置や凍土遮水壁、そして処理水の海洋放出など現場担当者として節目に立ち会った。住民説明会で参加者から批判を一身に浴びたこともあった。その間、何度かあった本省からの異動の打診には断りを入れた。

 異動を断った理由は、原子力を学んできた人間として自分にも責任があると思ってきたからだ。「あなたたちは2時間説明して帰るだけ。俺たちはここに住まないといけないんだ」。避難指示解除を控えた浪江町の住民説明会で浴びた一言は、その思いを強くする転機になった。

 続く人材、育てる必要

 「原発のこれからの課題はデブリと放射性廃棄物。いずれも長い時間がかかる。だからこそ後世に伝えていく必要がある」。県内外の高校生に、原発の現状を伝える出前授業を続けてきた。その数は100回を超えた。

 異動を受け入れたのは、処理水の問題に一定のめどが付いたことと、続く人材を育てる必要があると考えたからだ。県内で多くの人と出会い、福島のことも好きになった。異動後も県内で暮らし、原子力の知識や事故の教訓を伝えていきたいと思っている。

 6月からは、休日を使い原子力の知識や教訓を若者に伝えるための講座を福島市で開く計画だ。「この14年のことを伝えることが自分の役割だと思っている。生涯を懸けて伝えたい」

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