父がみるみる痩せていき、体調を崩し始めたのは2011年夏のことだった。病院で精密検査をすると末期の肝臓がんで、余命半年と宣告された。私もかなりのショックを受けた。当時は父が会長、私は社長の肩書だったが、会社は父が実質切り盛りしており、とてつもない大黒柱を失う感覚だった。 しかし、悲しんでばかりいても仕方がない。父がいなくなった後、自分は会社をどうしたいのかを真剣に考え始めた。今風に言えばリブラン...
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