どう再生...『までいの村』自然と共に 3月31日・避難指示解除

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 阿武隈山系北部に位置する飯舘村。森や田畑に囲まれた古里には、ゆったりとした時間が流れていた。村は「丁寧な」「大切に」などという意味の方言「までい」をスローガンに村づくりを進め、人々は自然と共生してきた。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故により、村の状況は一変したが、3月31日、放射線量の高い帰還困難区域を除き、避難指示が解除される。村の再生に向けた動きが進み出す。

 「生活する理由」重要 村民目線の復興

 【現状と課題】3月31日の避難指示解除(帰還困難区域を除く)後、村に戻って生活する村民は少数となることが予想されている。福島市をはじめ避難先に自宅を構えるなど、生活拠点を移した村民も多い。先祖伝来の農地で農業を再開するなど「村に戻る理由」のある人がいる一方、村に戻らずとも暮らしが成り立つ人もいる。村の再生に向けて、政府をはじめとする行政側には村民目線で「村で生活する理由」となる復興策の充実が求められている。
 営農再開への支援は重要施策の一つ。震災前の2010(平成22)年の統計によると、全世帯の約55%が農業に関わっていた。会社で働きながら稲作や野菜の栽培などに汗を流していた人も多い。イチゴや花き栽培など施設園芸農業の芽は徐々に出ているが、除染後の水田など広い農地の活用法を見いだすことも必要となりそうだ。
 村内での学校再開は来年4月1日から予定されている。学校再開は将来の村人口を左右する。認定こども園と小、中学校を集約し改修した飯舘中校舎で授業を行う。さらに、生活環境の整備も欠かせない。村は、村中央部の深谷地区に復興拠点として道の駅「までい館」を整備中。8月のオープンを予定している。

 「戻りたい」11ポイント増加 「戻らない」も3.5ポイント上昇

 【意向調査】復興庁と県、村が行っている住民意向調査によると、村への帰還意向について、2012(平成24)年11~12月の調査時よりも15年12月調査時で「戻りたいと考えている」という回答が約11ポイント増えている。一方、「戻らないと決めている」という回答も3.5ポイント上昇している。
 15年調査では、年代別で20代以下の70.4%が戻らないと決めている。「戻りたい」という回答が「戻らない」を上回っているのは60代より上の世代で、避難指示解除後に若い世代の人口をどのように増やすかが課題となる。
 避難先(2月1日現在)については、福島市の3647人が最も多く、伊達市546人、川俣町472人、南相馬市388人、相馬市379人など。