心配や不安を『安心』に 芹川さん、守り続ける『浪江の味』発信

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2月25日、約6年ぶりに請戸漁港に漁船26隻が戻った。試験操業の海域に、原発から10~20キロ圏内が追加され、相馬双葉漁協請戸地区の漁業者が原発事故後、初めて本来の漁の海域に戻った。今月中旬にもコウナゴ漁を行う予定だ

 【杉乃家・芹川さん】浪江町の伝統工芸品「大堀相馬焼」の皿に、たっぷりと盛られた焼きそば。店内に立ちこめるソースのにおいが何とも食欲をそそる。二本松市の市民交流センター内に店を構える食堂「杉乃家」が調理する同町のご当地グルメ「なみえ焼そば」は浪江町民だけでなく、二本松市民にも愛されるメニューの一つだ。
 元々は天丼などの丼物やそば、うどんがメインの店だった。元の店舗は避難指示解除準備区域にあり、再建が難しいため建物の解体を申し込んだ。「二本松にお世話になり、助けてもらった。その恩返しをしないと」と店主の芹川輝男さん(67)。
 同センターはJR二本松駅に近く、立地条件がいい。なみえ焼そばを売りに店を再開すると、土、日曜日、祝日には来店者が長い列をつくる。「週末などは忙しいが、平日は客に迷惑を掛けない程度でちょうどいい」。避難先で約6年が経過。芹川さんは、妻春子さん(66)、長男勇慈さん(45)らと伝統の味を守る。福島、郡山両市から訪れる客からは営業の継続を願う声を受けた。「今はここで頑張るしかない」。芹川さんは今後も二本松から浪江の味を発信する。

 「電気工事」帰還後押し 担い手確保が課題に

 【相双電気・阿部社長】電気工事を主力とする相双電気は、2014(平成26)年に浪江町権現堂で事業を再開した。帰還困難区域を除いて31日に避難指示が解除される同町では、昨年11月から準備宿泊が行われている。同社の阿部展才社長(56)は避難解除で住民の帰還が進んでいくことを期待しつつ、事業所の技術者の確保に頭を悩める。
 「電気工事が増加するのは予想できている。だが、それに対応するために技術者を募集しても、人が来ない」。同社は震災と原発事故後、南相馬市原町区に避難して事業を継続。14年に同町に戻って再開した。
 震災・原発事故前は電力会社相手の電気工事が主力だったが、作業員の確保が難しく、現在は民間や自治体を相手にした仕事が主力になっている。原発事故で住民が避難した同町での事業継続には、作業員確保の難しさがつきまとう。
 人がおらず、地元採用が厳しい中、阿部社長は「遠方からの雇用も視野に入れなくてはいけない」とするが「町内での住宅確保は難しいし、家賃も大きな負担」と頭を悩める。「人が入ってこないことには復旧も復興も進まない。従業員用の住居の手当を国に検討してもらいたい」。阿部社長は切に願う。

 見守りの大切さを訴えたい

 【鎌田さん】「町民の気持ちは揺れている。解除は時期尚早」。浪江町の避難指示解除準備区域にあった自宅は半壊し、更地になった。鎌田優さん(69)は二本松市の仮設住宅に住み、5年半にわたり自治会長を務めた。「住民の安全が第一。自分のことを考える余裕はなかった」と振り返る。
 野菜をつくっては周囲に配り、コミュニケーションづくりに励んだ。地元グループが取り組む田植えや収穫祭にも加わり、「本当によくしていただいた」と周囲の支援に感謝を表す。
 仮設内の集会場の壁には支援者が書き残した色紙や写真などが飾られている。カラオケなどで住民は避難生活のストレスを発散させた。コスモス祭を開き、避難町民と地元住民がイベントを通じて交流を深めた。
 ピーク時には30世帯47人いた仮設の住民も4世帯7人までに減った。自治会長の荷を下ろし、数年前に購入した白河市の古民家に移住する予定だ。「地元の自治会に入り、何かやるときは手伝いたい。あとはゆっくり過ごしたい」
 県外でたびたび講演してきた。「地域での見守りやレクリエーションの大切さを訴えたい」。13日には熊本で震災経験を伝える。

 不便は覚悟...それでも古里

 【山田さん夫妻】「焦らないで帰れる日をずっと、ずっと待っていた。やっぱり生まれ育った古里がいい」。二本松市の借り上げ住宅で避難生活を送る山田吉治さん(73)、篤子さん(69)夫妻は浪江町への帰還を心待ちにする。
 帰還困難区域にある自宅には月に数回戻り、清掃などをしてきた。篤子さんは「浪江に来ると気持ち的にも楽になる。何とかなる、大丈夫」と自分に言い聞かせる。日中しか滞在できないため、町内で住居を探したところ、新築の町営住宅への入居が決まった。
 原発作業員だった吉治さんは定年後、民間会社の警備員に。篤子さんはスーパーのパート店員として働いていた。二本松に避難し約6年が経過した。吉治さんは「避難当初は一日一日が長いなあと思った。今思うとあっという間だった」と振り返る。二本松の生活に慣れ、地元のイベントにも参加し、地域住民らと交流を深めた。吉治さんは「周りの人たちに支えてもらった」と感謝する。
 町の生活環境整備は今のところ十分とは言えないが、「不便は覚悟している」と篤子さん。入居予定の町営住宅周辺は線量が低く、花や野菜をつくることを楽しみにしている。