新たな一歩...避難解除5町村「学校再開」 心のケアなど継続必要

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 東京電力福島第1原発事故の避難指示が解除された川俣(山木屋)、浪江、富岡、葛尾、飯舘の5町村は小、中学校の地元での再開を来月に控える。児童生徒数の減少や学習環境の変化に伴う心のケアなどの課題を抱えながら、避難を経験した子どもたちへのより良い教育環境を構築しようと、開校準備を進めている。
 既に地元再開した田村、南相馬、広野、楢葉、川内の5市町村と合わせて今春には計10市町村が地元で学校を再開することになる。一方、大熊町と双葉町は依然として避難先で学校教育を続けている。
 12市町村の小、中学校の児童生徒数(昨年5月現在)は929人と東日本大震災前の2010(平成22)年の8388人の11%にまで減少した。震災直後の11年5月に1421人まで減少した後、避難指示解除地域での学校再開などの動きが進んでいるものの、避難生活の長期化や全国的な少子化の流れを背景に児童生徒数は減少傾向が続いている。震災から7年がたち、避難先で学ぶことを選択する保護者も少なくない。
 こうした状況を受け、県教委は2016年に「学校再開支援チーム」を設置。少人数を生かした特色ある教育や小中一貫教育、幼小中の連携など、それぞれの状況に応じた市町村ごとの支援策や学校の在り方について検討を進めている。
 本県の子どもを取り巻く環境を巡っては震災後、放射線不安から外遊びを制限されたことや長期避難で生活環境が変化したことを背景に体力・運動能力の低下や肥満傾向児の増加、不登校児童生徒数の増加傾向、避難している子どもへのいじめなどの状況もみられ、よりきめ細かな指導や心のケアの継続が必要となっている。

 「までい教育」確かな実り

 【飯舘】東京電力福島第1原発事故による避難指示が大部分で解除された飯舘村で今春、認定こども園と小中一貫教育校が同村の飯舘中敷地内に開校する。原発事故から約7年間、福島市飯野町や川俣町の仮設校舎に通った子どもたちは、仮の校舎での経験を糧に新たな学びやでの生活に期待を膨らませる。
 「ふるさとに対する思いはどの学校よりも強まった」。飯舘中2年の鴫原唯人さん(14)は仮設校舎で学んだ年月を誇らしげに振り返る。中でも、同校が故郷への誇りを育む目的で実施する「ふるさと学習」で、村への思いは強まった。
 ものづくり班として参加した鴫原さんは、村民から「村は自然に囲まれていた。緑豊かな村を取り戻したい」と聞いた。少しでも花と緑があふれた村に近づくよう、鴫原さんらはプランターを作製。2、3人が座れるベンチも合わせて村に送った。達成感を覚えた。「村民としての自覚を感じた」
 村教委は、学校教育の基本理念に「丁寧な」などを意味する「までい教育」を掲げる。笑いを授業に取り入れる「笑育(わらいく)」や、村の文化を学ぶ「ふるさと教育」、関東地方の学習塾「花まる学習会」による思考力を高める授業や放課後塾など、特色ある教育を導入してきた。中井田栄村教育長は「震災に見舞われたが、子どもたちは前向きにさまざまなことに挑戦できるようになってきた」と手応えを口にし「これからも一人一人が持つ可能性に寄り添いたい」と話す。
 飯舘中で2月に開かれた保護者会では「何事にも取り組む姿があった」と子どもの成長を実感する意見や「村に戻るからこそ、ふるさとを大事にすることを授業で深く考えてほしい」と、地域とのつながりの強化を求める声も寄せられた。
 新たに開校する認定こども園と小中一貫教育校には約100人が通う予定だ。鴫原さんは飯舘村への思いから就学を選択した。「村のことをもっとたくさん知りたいし、最上級生としても下級生のお手本になりたい」と"1期生"の決意をにじませる。
 村が復興の中心と位置付ける学校再開が日に日に近づいている。子どもたちの歓声は古里再生を告げる確かな響きとなる。

 『未来』私たちがつくる

 【楢葉】「自分たち子どもが楢葉を明るくして、みんな仲良く、まとまりのある町にしたい」。楢葉中2年生6人は、自分たちの手でつくる楢葉町の未来を思い描く。
 6人は町の「中学生室」の一員として活動している。「中学生室」は昨年9月、町が若者の声を復興施策に反映させようと、同町復興推進課の下部組織として発足させた。中学生がまちづくりへのアイデアを出し合い、町や関係団体などと連携して復興施策の具体化に取り組んでいる。
 初めての活動の場は、昨年12月に同町の天神岬スポーツ公園で開かれた「ウインターイルミネーション」だった。同公園内のアイス店「ウィンディーランド」とオリジナルジェラートを合作したほか、ご当地グルメの「マミーすいとん」を来場者に振る舞い、イベントを盛り上げた。活動費を得るためにインターネット上で資金を調達するクラウドファンディングにも挑戦し、1カ月間で目標額の3倍を超える108万1千円が集まった。メンバーの政井優花さんは「支援してくれる人、見てくれている人がたくさんいる。びっくりしたし、達成感があった」と、自分たちの考えが実現する喜びを振り返る。
 当日は町内外から多くの人が集まり盛況だった。「おいしかった」「ありがとう」―寄せられた来場者の声、そして笑顔がうれしかった。鎌田一輝君は「企画を考えるのは大変だったけど、やってみると楽しかった。町の力になれた」と手応えを感じている。
 4月からは3年生。高校受験を控えるが、町の事業の盛り上げやスポーツ大会開催などアイデアは膨らむばかり。「道が暗い」「空き家が多い」など、実生活で感じる町の課題に対する案も練ってきた。渡辺あさひさんは、町の現状を踏まえ「1人暮らしの高齢者が多いので話し相手になりたい」と考えている。
 「小さなことでも町のためになることをしたい」。中学生の純粋な古里への思いが、復興に向かう町の歩みを支えていく。

 末っ子春から小学生

 【郡山】東日本大震災があった2011(平成23)年4月から翌年3月にかけて生まれた子どもたちは今春、小学校に入学する。郡山市の会社役員伊藤誠也さん(36)の四女で、12年3月に生まれた末っ子の莉奈弥(りなみ)ちゃん(5)は4月から小学生に。4姉妹一緒に地元の永盛小に通うことになる。
 「4人とも、すくすく成長してくれてうれしい」と誠也さん(36)は目を細くする。「普段は震災を意識することは少ない」と前置きした上で、「放射線が気になった時期はあった」と話した。
 長女那奈弥(ななみ)さん(11)と次女柚奈弥(ゆなみ)さん(10)が幼稚園生で、三女星奈弥(せなみ)さん(8)は、まだ1歳半の時に震災に見舞われた。屋外遊びが制限され、母美弥(みや)さん(34)は「姉3人が幼稚園に通っていた間は、ほとんど外遊びができなかった。体を動かせるように屋内の遊び場にはよく連れて行った」と振り返る。一方で、震災後から中止されていた、幼稚園のスキー体験は莉奈弥ちゃんが年長になって再開。日常がしっかり戻っていることも実感している。
 「これからも好きなことに挑戦して、元気に育っていってくれれば、それでいい」。両親たちは4人の未来を想像する。莉奈弥ちゃんは「小学校が楽しみ。たくさん友だちをつくりたい」と入学が待ち遠しい様子だ。那奈弥さんは「4人そろうのは1年だけ。姉妹仲良く学校に通いたい」と声を弾ませた。

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