「第二の古里・浪江を見守る」 浪江町任期付き職員・大村孝さん

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「末永く浪江町の復興を見守っていきたい」と話す大村さん

 「原発被災地の業務は、津波被災地の経験とはかなり異なる。でも、住民対応や財源確保、事業のゴールを目指してスピードアップを図る方法は共通する」。浪江町企画財政課で任期付き職員として勤務する大村孝さん(64)はそう指摘する。

 宮城県岩沼市出身の大村さんは1976(昭和51)年に同市役所に入庁、総務や企画部門などを歩んだ。総務部長だった11年3月に東日本大震災に遭遇し、防災や復興計画の策定などに尽力した。

 14年3月に定年退職後、1年間、再任用職員として市民会館の館長を務めたが、浪江町職員に応募することを決意。「岩手、宮城両県では一定の復旧・復興の形が見えてきたが、福島の原発被災地の復興は進んでいないことに心を痛めていた」。見知らぬ土地での業務に不安もあったが、復興に貢献したいとの思い、そして震災と原発事故で大きな被害を受けた自治体を支えたいとの思いからだった。

 町でのこれまでの業務は、災害公営住宅整備や中心市街地再生計画策定、総合戦略、広域連携など多岐にわたる。「原発被災地は全ての業務が除染から始まる。除染が終わらないうちは手を付けられないのが現状」と難しさを感じる。

 「第二の古里と思えるくらい、浪江が好きになった。復興に向けて働いた縁を大切に、末永く町の復興を見守っていきたい」。大村さんはそう願っている。